人々の映像伝え、獄中に

「勇者」と誇り、待つ妻  あの柔らかな手を思い

 2度目に会った時、彼が折り畳んだ手紙をそっと手渡した。
 「私、字が読めないの」。19歳のラモ・ツォは正直に言うと、女友達が読んでくれた。「君のことが好きだ。僕をどう思う? 2人で一緒に暮らしたい」
 ラモ・ツォは今、38歳。「男なんて、すぐこんなことを言いたがるものよね」と手紙の話を笑ってするが、その手紙を書いた同い年の最愛の夫、ドンドゥプ・ワンチェンは、中国の刑務所の中だ。北京五輪などについてのチベット人の意見をビデオに収録した後、2008年3月、国家政権転覆罪で逮捕され、懲役6年の刑を言い渡された。

柔らかな手

 ラモ・ツォは中国チベット自治区に近い甘粛省の小さな村で生まれた。幼い頃に父を失い、学校に行けず、母の病死を機に19歳で自治区の区都ラサに出た。
 市場でバター売りをしていたとき、友人と行ったレストランの会計係がドンドゥプだった。
 ラモ・ツォは手紙に返事をしなかったが、ドンドゥプは市場を探し回った末、彼女を見つけバターを買った。時には自転車で家まで送ってくれ、彼女が盲腸で入院した時は看病してくれた。
 「結婚しよう」との言葉に「若すぎる」とためらいつつ同居を始めた。
 ドンドゥプは毎日、市場に迎えに来た。差し出す彼の手は「柔らかく指は繊細」だった。女たちに冷やかされながら手をつないで歩く。うれしかった。
 9カ月後、ラモ・ツォは妊娠した。貧しい暮らしだったが幸せだった。子どもは次々に4人生まれた。夫は漢方薬などの行商や食堂経営をして暮らしをつないだ。蓄えを僧侶や巡礼者に差し出し、貧しい子どもたちの面倒をみる夫が誇らしかった。自分たちは学校に行けなかったからと、子どもは寄宿舎制で教育が受けられるインド北部ダラムサラの「チベット子ども村」に送った。
 06年末、夫の指示で子どもたちがいるダラムサラに行くと、夫の両親もやって来た。「しばらくそこで両親の面倒をみて」と夫に言われ、ラモ・ツォは未明からパンを200個焼いて早朝の街角で売り、生活を支えた。
 08年の3月半ば、チベット自治区などで暴動が発生、死者や逮捕者が出たとの情報が伝わった。
 「僕は大丈夫」。夫は電話で繰り返した。連絡はそれきり途絶えた。
 1カ月後、スイスにいるいとこが連絡してきた。「捕まっている」。夫は最後の電話から3日後、青海省西寧市で逮捕されていた。逮捕直前、チベット人約100人のインタビュー映像をいとこ宛てに送っていた。危険を承知でそんなことをしていたなんて。彼女にダラムサラ行きを指示した時からの計画だったのだ。

あなたは勇者

 いとこから夫が撮った映像が届いた。「これを公開してもいいか」
 亡命中のチベット仏教最高指導者ダライ・ラマ14世の映像に涙を流す老人。北京五輪が迫るにつれ増大する中国当局の抑圧を訴える僧侶、移住を強制されたと話す農民。「希望を持てず、助けも求められない人々の声を聞いてほしい」。夫がカメラに語りかけていた。
 涙があふれた。だが迷った。公開は厳しい刑につながるのではないか。
 3日間考えて「彼の思いを尊重したい」と承諾した。約25分間の映像「ジグデル(邦題・恐怖を乗り越えて)」は動画サイトに載り、世界各地で上映された。
 その後、ラモ・ツォには気が狂うほどつらい日々が続いた。拷問されているのでは。健康状態は。パンを売る時も涙がこぼれた。09年末の判決に何日も泣いた。
 夫と家族の苦しみについて話すよう言われ、初めて演壇に立った日は、悲しみがあふれるばかりで何も話せなかった。だが、同じ苦しみを抱えるチベットの女たちは多いと気付いた。「自由に発言できる国にいる私が語らなければ」。それからは大勢の前で話せるようになった。10月には招待され、フランスなど欧州5カ国で訴えた。
 だが夫についての情報は、肝炎を患い、労働改造所に移されたということ以外はない。
 彼女は「彼が降りてくるような気がして」長距離バスが到着する場所近くでパンを売る。降りた人が迎えの人と抱き合う姿に、あんな日が自分にも来るのかと思う。
 再会の日には「あなたはパオ(チベット語で勇者)」と言ってあげたい。抱き締めてキスをし、彼の優しい手を取って。

亡命者の町ダラムサラ

巡礼道で信者が祈り

 ラモ・ツォが住むインド北部ダラムサラは、1959年に同国に亡命したチベット仏教最高指導者、ダライ・ラマ14世の住居があり、チベット亡命政府が拠点を置く。標高約1800メートルのこの地に住むチベット人は、最新の国勢調査によると、約1万3千人。
 14世の住居と僧院の周囲につくられた巡礼道を毎朝、多くの信者らが歩き、祈りをささげる。
 町の中心から数キロの所に、14世の姉が設立した「チベット子ども村」があり、幼稚園から高校生まで約2千人の子どもたちが学ぶ。寄宿生活を送る子の多くは、よりよい教育を望む親が案内人に金を払い、命懸けでヒマラヤを越えてきた子たちだ。
 ラモ・ツォの4人の子どものうち、3人が寄宿舎で暮らす。「お父さんはとても優しい人。お母さんと、とても仲がよかった」と長女のテンジン・ダドゥンちゃん(11)。「お父さんにはちゃんと勉強しているから心配しないでって言いたい。将来は弁護士になってお父さんみたいな無実の人のために働きたいの」
 ラモ・ツォはその後、「パンが売れなくなってきたから」とインドの首都ニューデリーに移り、美容師になるための訓練を受けている。(文 舟越美夏、写真 安井浩美、文中敬称略)=2010年12月15日

「地球村」の人びとは今、何を喜び、なにゆえに悲しみ、日々の暮らしを送っているか。「@LOVE」では世界各地のラブストーリーを紹介。このほか「@コリア」「@チャイナ」「@アメリカ」「@その他地域」と五週を一クールとするこの企画では、地域ごとに主人公やテーマを立て、「今を生きる」人間模様を描く。

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インド北部ダラムサラの広場で、ダライ・ラマ14世の長寿と健康を祈り主食のツァンパ(麦粉)を天にささげるチベット人信者たち。彼らは毎朝お経を唱えながら巡礼道を歩き、途中にあるこの広場で祈る

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