注射針で感染、責任追及

訴訟も支援、初のNGO  当局と闘う人権活動家

 「輸血や売血によるエイズ感染は1949年の建国以来、最大の医療事故なのに誰も責任を取らない。被害者の患者は厄介者扱いだった」
 紅葉が美しい晩秋の米ワシントン。普段は温厚で静かな万延海(ばん・えんかい)(47)が中国政府への怒りをあらわにした。万は中国で約20年間、当局の弾圧と闘いながら、エイズ患者の権利擁護に尽くしてきた著名な人権活動家だ。

人災

 上海医科大で公共衛生を学び、卒業後は衛生省系の健康教育研究所に勤務した。92年、中国初のエイズ患者のためのホットライン「希望」をこの研究所に設け、患者の悩みに耳を傾けた。
 「帝王切開の出産で輸血を受けて感染した。夫と、その後に生まれた子にも感染した。もう死んでしまいたい」「子供のころ、輸血で感染した。賠償を求めたい」
 中国で初めてエイズ感染が確認されたのは80年代半ばだが、当初、西側の堕落した生活で起きた“奇病”とみた政府の予防対策は遅れ、情報の隠ぺいも起きた。
 万は患者と病院の賠償交渉に同席。病院が応じなければ、訴訟を起こすのを手伝った。しかし94年「患者の権利意識をあおった」として研究所を解雇される。
 そして中国で初めてエイズ患者の救済を目的としたNGO「愛知行研究所」を立ち上げた。「愛情・知識・行動」の頭文字と、中国語の「愛滋」(エイズ)という言葉をかけた命名だ。内外の寄付金で運営した。
 2002年、中国河南省の貧困地区で、患者が多発する「エイズ村」がいくつも存在することが明らかになった。1990年代、省政府が奨励して、有償献血(売血)が盛んに行われ、貧しい農民は血を売って、生活費や子供の教育費に充てた。売血センターで、注射針を使い回したため、感染者が爆発的に増えた。
 「輸血や売血を行っていたのは、安全であるはずの病院や政府機関。人災であることは明らか。あまりに悲惨だ」。万はエイズ村の実態を内外に公表し、中国内外で大きな反響を呼んだ。
 万の原点は89年の天安門事件だった。当時の民主化要求に共鳴し、北京の天安門広場で何日も過ごした。人民解放軍が学生らを武力で排除するのを目撃した。

 「あの時、この国がどんな国なのか、自分がこれから何をすべきか、はっきりと分かった」。中国の人権状況を改善したい。「より良い社会の実現のために役立ちたい」という固い信念が万を支えてきた。

嫌がらせ

 政府もようやくエイズ対策に本腰を入れ始めたが、隠ぺい体質は変わらず、「国内の安定維持」を理由に当局は執拗(しつよう)に万への嫌がらせを続けた。
 エイズ村の実態を告発すると「国家機密漏えい罪」で拘束された。国際エイズ会議を企画した時には直前に拘束され、会議は中止に。国内メディアとの接触も禁じられ、08年の北京五輪や昨年の建国60年式典の際は、北京から離れろ、と「所払い」に遭った。
 今年、弾圧はさらに強まった。自宅や事務所に公安部門、共産党中央宣伝部、消防当局などの担当者が次々にやって来た。電話もひっきりなしにかかり、自宅前には昼夜、警官の姿。こんな生活が4カ月以上続いた。海外からの寄付金への監視も強化された。
 「何もできない。また拘束されるかもしれない。かごの鳥だ」。やむなく出国を決意し、妻と娘をつれて北京から香港経由で5月初めに米国へ渡った。国内に残るNGOスタッフと毎日ネットでやりとりし、国外から中国の民主化を促す。
 失意と将来への不安の中、10月初めに中国の民主活動家、劉暁波(りゅう・ぎょうは)(54)がノーベル平和賞受賞者に選ばれたことに勇気づけられた。劉は約10年前から親しく意見を交わしてきた「民主化の同志」だった。
 「平和賞は国際社会の中国民主化への期待だ。社会の変化を促す大きな力になる」。08年末、劉は共産党一党独裁体制の廃止を訴える「〇八憲章」を起草。万はいち早くこれに署名した。
 「中国は今、大きな変化の中にあり、希望はある。状況次第ですぐに帰国したい」。中国の未来を決してあきらめてはいない。

弾圧や国外追放、後絶たず

政権移行期、安定重視か

 中国ではエイズ患者支援者ら人権・民主活動家への露骨な弾圧や、事実上の国外追放が後を絶たない。国連や国際人権団体が批判を繰り返しているが、高い経済成長で自信を強める中国は「内政干渉だ」として反発、聞く耳を持っていない。
 劉暁波がノーベル平和賞受賞者に選ばれて以降、活動家らの自宅軟禁や外部との接触禁止などがさらに増えている。
 2012年の第18回共産党大会で、党総書記、胡錦濤(国家主席)の任期が終わり、習近平(国家副主席)が後継者に選ばれることが事実上確定。政権移行期にあたって社会の安定維持を重視し、締め付けを強化しているとみられる。
 活動家らに嫌がらせを続け、国外に出してしまうというケースも目立つ。国内に比べ国外では活動家の影響力は落ちるため、出国させて帰国を認めないというやり方だ。
 万延海と同様、河南省のエイズ禍を告発し、 「アジアのノーベル賞」といわれるマグサイサイ賞を受賞した高齢の女医、高耀潔(こう・ようけつ)も中国国内で軟禁されていたが、近年、米国に出国、現在はニューヨークで事実上の亡命生活を送っている。
 万は「NGOが活動する機会は増えているが、当局にとって、権利の主張や異議申し立てを行う活動家は目障りな存在。われわれを取り巻く環境は一向に改善されていない」と話している。(文 浜口健、写真 レベッカ・デービス、文中敬称略)=2010年11月24日

「地球村」の人びとは今、何を喜び、なにゆえに悲しみ、日々の暮らしを送っているか。「@LOVE」では世界各地のラブストーリーを紹介。このほか「@コリア」「@チャイナ」「@アメリカ」「@その他地域」と五週を一クールとするこの企画では、地域ごとに主人公やテーマを立て、「今を生きる」人間模様を描く。

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