自由で民主的な国を

粛清描きベストセラー  困難を克服、人気作家に

 「モンゴルの草原がわたしを育ててくれた。祖国をもっと自由で民主的な国にしたい。そして子供たちに引き継いでいきたい」。今モンゴルで最も人気のある女性作家オユンゲレル(44)は熱っぽい口調で語った。
 モンゴル語で「オユン」(知性)と「ゲレル」(輝き)の名の通り、聡明(そうめい)な彼女はさまざまな困難を克服し、自らの人生を切り開いてきた。そのたぐいまれな行動力にひかれ、講演会には多くの女性や若者が詰め掛ける。

墜落事故

 「まだ結婚指輪も買っていなかったの」。彼がフライトから帰ったら一緒に買いに行くことになっていた。空港へ迎えに行ったが、飛行機は到着しない。「駆けつけた弟から墜落と聞いて目の前が真っ暗になった」
 目を少し赤くしながら事故の様子を静かに話してくれた。
 1987年8月、地方の街を結ぶ14人乗りのプロペラ機が墜落し、操縦士の夫を含む全員が死亡した。生後4カ月の長男イデルオッド(23)を抱えていた。悲しみにやつれ果て入院、母乳も止まった。
 「わたしがしっかりしなければ、子供が死んでしまう」。オユンゲレルはやがて母の強さを取り戻す。長男を実家にあずけ、留学中だった旧ソ連の大学に戻った。
 当時、ソ連や東欧に吹き始めた民主化の風を感じ取った。卒業後は帰国して民主化運動に参加した。学業成績はトップ。独裁を続ける人民革命党への入党を条件に国は有利な就職先を提示したが、きっぱりと断った。
 地方企業の会計係を経て、公務員として社会保障改革に携わった。2003~04年、西側の政策を学ぶために米スタンフォード大へ留学。民主化への信念と幅広い知識が評価され、民主党のエルベグドルジ(現大統領)の秘書、顧問に抜てきされた。今は同党の女性組織、民主婦人連盟(約6万5千人)の会長だ。
 私生活は苦労の連続だった。長女オットマー(16)の父親とは、感情の行き違いから離別。肝炎で8カ月の闘病生活を余儀なくされたが、持ち前の明るさと前向き思考で乗り越えた。

 04年に再婚した米国人の夫ジェフリー・フォルト(67)と共著の小説「緑色の目のラマ」は08年に発行以来3年連続のベストセラー。販売部数8千部は人口約270万人のモンゴルでは爆発的なヒットだ。

独裁下の悲劇

 主人公のモデルは1937~38年の粛清で処刑された祖父の兄のラマ(チベット仏教僧)。当時、ソ連のスターリン大粛清の影響下、日本の侵略への警戒感も重なり、「日本のスパイ」の罪名で多くのラマや民族主義的な知識人が殺された。
 粛清の事実は長く封印されていたが、90年代以降の民主化の中で、政府指導者が国民に謝罪するまでになった。「社会主義独裁下の悲しく苦しい歴史をみんなに知ってほしかった」
 公文書館で丹念に資料を探し、巻末には犠牲者リストを付けた。現在は英語版の発行と、第2部の執筆を準備中。オユンゲレルは一躍有名になり、米留学や仕事の経験を書いた本も好評だ。
 弁護士のジェフリーは2000年、民主化に向けた裁判制度改革プロジェクトの顧問としてモンゴルを訪れ、オユンゲレルと出会う。彼女の米留学も支援した。
 「年齢の差は気になったが、知性的で美しく活発な彼女にひかれた。何より、人権の保護や、公正な社会の実現を目指す価値観が一致した」
 白血病で妻を亡くした後、米留学中のオユンゲレルに思い切って求婚、同意を得た。ジェフリーはモンゴルに移住し、二人はともに小説を書き、環境NGOの運動に取り組むおしどり夫婦だ。
 民主化は進んだが、権力と金は一部の人に集中し、汚職が横行。今後、経済が発展すれば、貧富の差はさらに広がるだろう。「クリーンな女性の政治参加が必要です」。オユンゲレルは国会議員を目指し、12年の総選挙に立候補するつもりだ。
 墜落事故から23年。長男は「モンゴルの風など気象条件に合った安全な航空機を設計したい」と米国の大学で航空技術を学ぶ。子供の話をする時は、優しい母の顔になった。

日本人もぜひ読んで

小説に「対立の歴史」

 「ハルハ河戦争(ノモンハン事件)のモンゴル人戦死者より、粛清で『日本のスパイ』として殺された方が多い。日本の方々にもぜひ、読んでほしい」。オユンゲレルは小説「緑色の目のラマ」についてこう語った。
 ノモンハン事件では1939年、当時の満州国とモンゴルの国境ノモンハン付近で勢力を広げようとした日本の関東軍と、ソ連・モンゴル軍が交戦、日本側が大敗した。
 37~38年のモンゴルの粛清では、日本の侵略への警戒感もあって、モンゴル人数万人が粛清された。オユンゲレルは「小説には両国の歴史を書いた。読めば、両国の対立が一般の国民にとって、とてもよくないことが分かる」と話す。
 45年、日本の降伏直前にソ連とモンゴルは対日宣戦を布告。終戦後、ソ連軍に抑留された日本軍人ら推計57万5千人のうち、1万4千人はモンゴルで労働を強制された。厳寒と過酷な労働で多数の死者が出た。
 こうした「負の歴史」と冷戦を経て、日本とモンゴルは72年2月に国交を樹立し、良好な関係を維持。日本の無償援助は2009年度までで約863億円で、日本はモンゴルの最大の支援国だ。
 今モンゴル人の多くは日本の援助に感謝し、大相撲で活躍するモンゴル人力士を応援する。元横綱朝青龍の熱烈なファンのオユンゲレルは「テレビで断髪式を見て涙がとまらなかった」という。(文 森保裕、写真 ガンゾリグ、文中敬称略)=2010年11月17日

「地球村」の人びとは今、何を喜び、なにゆえに悲しみ、日々の暮らしを送っているか。「@LOVE」では世界各地のラブストーリーを紹介。このほか「@コリア」「@チャイナ」「@アメリカ」「@その他地域」と五週を一クールとするこの企画では、地域ごとに主人公やテーマを立て、「今を生きる」人間模様を描く。

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夫ジェフリー(左)とウランバートルの自宅で、パソコンに向かうオユンゲレル。共著の小説「緑色の目のラマ」の英語版は、来年の出版を目指している

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