生活支えるエビ漁危機に

災害続発で広がる助け合い  人種差別、言葉の壁に苦闘

 「おーい。大漁だよ」。2010年10月上旬、米南部ニューオーリンズから南に約80キロの漁港にベトナム移民のエビ漁船「STAR GULF」が2週間ぶりに戻った。船長の明るい声に待ち構えていたチュン・チャン(56)はたちまち笑顔になった。メキシコ湾岸一帯を黒い石油で汚染した原油流出事故。事故後約4カ月で出漁は解禁されたが、水揚げは激減。メキシコ湾岸一帯に住むベトナム系移民の生活を長年、支えてきたエビ漁は危機的な状況に陥りつつある。
 「この新鮮な身をみてよ。オバマ大統領もルイジアナ産のエビを食べてるさ」。チャンは水揚げされたばかりのエビを手際良く量り始めた。船内で冷凍されたエビは30キロ入りの袋に詰められ、3、4袋ずつクレーンで降ろされ、ヒスパニック( 中南米系)の漁師が2人がかりで梱包(こんぽう)していく。2時間強の作業で約500個が保冷車に積み込まれた。
 湾岸にはベトナム戦争終結後に祖国を脱出したインドシナ系の移民約4万人が住むが、約8割がエビ漁やカキの養殖など漁業やその関連産業で生計を立てているとされ、原油流出事故はまさに「死活問題」だ。
 チャンも漁船を持つが、出漁回数は減っており、今日はいとこのビン・チャン(61)の手伝いに来た。ビンは一族9人で漁業を営む。義理の娘のゴック・グエン(27)は「毎年この時期は150から200隻が出漁していたのにことしは30隻ほど。水揚げも少ないし不安だわ」とため息をついた。

ボートピープル

 チュン・チャンが米国に来たのは35年前。サイゴン(現ホーチミン)南部の千人ほどの小さな村に住んでいたが、両親が北部出身で共産政権を嫌い南部に来たこともあり祖国脱出を決意。一族など約50人が1975年4月30日、船で祖国を離れた。いわゆるボートピープルだ。「誰も反対しなかった。自由になりたい。それだけだった」
 船は米領グアムに向かい、数日後に救助された。空路でアーカンソー州の米軍基地内のキャンプに。その後は主に南部を転々とした。英語はほとんどできず、食うためにあらゆることをやった。養鶏業の手伝いや溶接工、倉庫番…。「一番苦しい時期だった」
 3年後にルイジアナ州ニューオーリンズ近郊に落ち着いた。エビ漁の漁師となり、やがて自前の船も所有。しかし生活が落ち着くと今度は人種差別に直面した。白人優越主義者の秘密結社クー・クラックス・クラン(KKK)のメンバーから嫌がらせを受け、船にも2回放火された。「 船が全焼した友人もいる。ましなほうさ」
 支援団体、メリークイーン・ベトナム発展会のダニエル・グエン(21)は、移民の第1世代は人種差別に加え、言語の壁にも苦しんだと指摘する。「英語で自分の名前が書けない。原油流出事故でも書類を出せずに補償金を受け取れない人がいる。彼らは大きな災害が起きるたびに取り残された感じを持つのです」

一家離散

 2005年にルイジアナ州を襲った超大型ハリケーン「カトリーナ」はベトナム移民にも容赦なく襲いかかった。
 ベトナム系住民が多く住むニューオーリンズ東部では、半壊した集合住宅が放置されるなど傷跡が深く残る。チャンも漁船を失った。
 一方、災害は移民のきずなを確認させた。同発展会もハリケーン復興のため設立。教育、医療施設の共同運営など助け合いの輪は広がり、今では雇用対策のための集団農場も計画中だ。チャンは「一人一人は弱い存在だが、まとまると強くなれる」と胸を張った。
 しかし原油流出のダメージはカトリーナ以上に深刻だ。漁業ができずに借金が払えず、自己破産や一家離散に追い込まれた例もある。
 実際、流出原油がどの程度、環境に影響を与えているのかは不明。海では頭部や尾に黒い線の入ったエビが捕れ始めた。チャンは「来年、エビが卵を産むかどうか。捕れなくなったらおしまいだ」とつぶやいた。

200万人以上が祖国脱出

インドシナ難民、高齢化も

 1975年のベトナム戦争終結に伴い、ベトナム、カンボジア、ラオスに成立した共産政権を嫌って、祖国を脱出したインドシナ難民は90年までに200万人以上といわれる。小さな船に鈴なりになり海上をさまようボートピープルは当時、日本でもテレビなどで報

道され、衝撃を与えた。
 最終的に約150万人が北米や西欧諸国、オーストラリア、日本など西側先進国地域に定住。米国は半数以上の約80万人を受け入れた。気候が温暖でアジア系移民が多いカリフォルニア州への定住者が最も多く、90年の統計では約4割が居住。ルイジアナ州は17世紀~19世紀にベトナムの旧宗主国フランスの支配下にあり、現在も活動する「フランス系教会が難民を受け入れたのが定住のきっかけ」(ベトナム系支援団体)という。
 インドシナ系移民の第1世代は次第に高齢化しているが、なお「言語や文化の障壁」に苦しんでいる例が少なくない。漁業など第1次産業の従事者が多いのも特徴だ。
 一方で米国生まれの第2世代が登場しつつある。支援団体で活動しているダニエル・グエンはカリフォルニア州出身、サンディエゴの大学を卒業、英語も流ちょうだ。
 チュン・チャンの妻(46)も米国での生活が長く、英語もできるため現在は政府機関で勤務。20歳代の息子3人も高等教育を受け、ホテルなどに就職している。(文 小林義久、写真 坂本真理、文中敬称略)=2010年10月27日

「地球村」の人びとは今、何を喜び、なにゆえに悲しみ、日々の暮らしを送っているか。「@LOVE」では世界各地のラブストーリーを紹介。このほか「@コリア」「@チャイナ」「@アメリカ」「@その他地域」と五週を一クールとするこの企画では、地域ごとに主人公やテーマを立て、「今を生きる」人間模様を描く。

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水揚げが終わると早くも次の準備だ。冷凍用の氷を作るため、塩を船に積み込む=米南部ニューオーリンズ南方の漁港

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