かばんに詰めた民族の誇り

キャンプで出会い、日本へ  親から子へ、つなぐ夢

 高台の仏塔が陽光を浴びて黄金色に輝く。タイ北西部メラ。深い緑に覆われた山すそに広がるミャンマー難民キャンプを離れる直前、エ・ラー(24)と妻のラ・メイ・ポー(23)は4歳と2歳の2人の娘の手をとり、ゆっくりと仏塔を3周した。もうここに戻ることはない。「私たち家族、そしてキャンプに残す親族が幸せであるように…」。静かに、深く祈った。
 エ・ラーが生まれたミャンマー東部カイン州では、政府軍と少数民族武装組織「カレン民族同盟」(KNU)との紛争が60年以上続く。父は兵士に武器の運搬や資金提供を強要された。政府軍のヘリコプターに見つからないよう母は地下に身を潜めて料理をしていた。「つらい思い出しかない」。エ・ラーはつぶやく。
 家族でタイに逃れたのは1994年。8歳の時だった。別の難民キャンプを経て99年にメラキャンプに移り、ようやく紛争の恐怖から解放された。学校にも通えるようになったが、幼い弟や妹の面倒を見るため中退、父の畑仕事を手伝った。
 「母さん、僕の人生は困難ばかりだ」。エ・ラーの左上腕部には、16歳の時、鬱屈(うっくつ)した感情をカレン語と英語でそう彫った入れ墨が残る。祖国に戻れず、キャンプ生活が続くだけ。「どれだけ必死に勉強しても働いてもむなしい」。人生に希望を抱けなかった。

3度のラブレター

 心を癒やしてくれたのは素朴で穏やかな同じカレン人の少女。キャンプ内の同じ学校に通っていた。「恋人になって」。思いをつづったラブレターを少女に渡した。「ふざけてるのかと思ったけど、3回目の手紙が届いて本気なんだなって…。それでOKしたの」。2人のなれ初めを振り返り、ラ・メイ・ポーがほおを赤らめた。
 デートはもっぱら彼女の家の中。伝統を重んじるカレン人の間では婚前の交際はタブーで、閉鎖されたキャンプ内を2人で歩けば、すぐうわさになってしまうからだ。
 19歳と18歳だった2人は、まだ将来を真剣に考えてはいなかったが、もどかしさや両親の勧めもあり結婚を決意した。「堂々と手をつなぎたかったし、キスもしたかった」。エ・ラーが笑う。
 間もなく長女が生まれ、2年後には次女も。「親になり、子どもには自由と希望を与えたいとの気持ちが強まっていった。自分たちと同じ思いをさせたくなかった」。2人は初めてキャンプの外の人生を考え始めた。
 メラキャンプから既に「第三国定住制度」によって数万人が欧米などに移住している。2人は米国、オーストラリアへの定住を申し込んだが、不合格。今年から日本も受け入れると知り、迷わずに応募した。面接や健康診断を経て、数カ月後、一家は新たな人生のチャンスを手にした。

 出発前の日曜日は、にぎやかな一日になった。朝から夕方まで自宅を訪れる親族や友人らをもてなすため、ラ・メイ・ポーは大鍋三つ分の魚のスープを準備した。母から受け継いだカレン料理の一つ。日本に行っても娘たちにカレンの味を伝えたいという。
 荷造りが終わった家に、かばんが二つぽつんと並ぶ。その一つは親族がくれたカレンの民族衣装でいっぱいだった。キャンプを離れる意味も分からず、はしゃぐ2人の娘。「子どものころ医者か看護師になりたかった。かなわなかった夢を継いでほしい」。ラ・メイ・ポー手作りの白地に細かな模様を織り込んだ娘たちの衣装には、そんな願いがこめられている。

旅立ちの朝に

 「悲しくない。むしろ幸せだ」。エ・ラーの父は日本の受け入れ条件が「若く子どもがいる家族」であるためキャンプに残ることになったが、一家の日本行きを誰よりも喜んでいる。戦火の中の生活で子どもに十分な教育を受けさせられなかった。「家族は暗闇の中を生きてきた。息子夫婦には私のような悔しさを味わってほしくない」
 父は息子に最後の言葉を贈った。「過去の苦しさをばねに日本で成功をつかめるよう努力しろ。自分たちはカレンであり、難民キャンプから来たことも忘れないように」
 旅立ちの朝。バスに乗り込んだ一家を見送る父の目からぽろぽろ涙がこぼれた。エ・ラーは無言のまま、大きな瞳でただじっと父の姿を見つめていた。

「第三国定住制度」を試験導入

タイ国境近くの難民キャンプに十数万人

 日本政府は2010年度から、自国に戻れない難民

を避難先以外の国が受け入れる「第三国定住制度」の試験導入を始め、第1陣のタイのミャンマー難民3家族、計18人が9月28日、日本に到着した。同制度による難民受け入れはアジアで初めてで、日本の取り組みが成功すればほかのアジア諸国での制度導入につながるとして注目されている。
 軍事政権による人権侵害や弾圧、政府軍と少数民族との紛争などを背景に、1980年代から多くのミャンマー国民がタイなどに避難。国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)によると、国境近くのタイの難民キャンプ9カ所には十数万人が暮らし、避難生活の長期化も問題になっている。
 欧米を中心にこれまで約7万人が、タイの難民キャンプから第三国に移住した。しかし、キャンプで活動する非政府組織(NGO)によると「移住する数と同じぐらい難民が入ってくるため、キャンプの難民の数はここ数年あまり変化してない」という。
 ミャンマーは11月7日、20年ぶりに総選挙を実施する。しかし、難民らの間には「何も変わらない」「国には戻れないだろう」と失望感が漂う。軍政と少数民族との間の緊張はむしろ高まり、国境周辺では治安が不安定になっている。タイ当局も「今後タイに流入する難民が増える可能性もある」と警戒している。
 「キャンプを出た後に家族が体調を崩し、来日が遅れたエ・ラー一家も10月13日から日本での新生活を始めた。」(文 植田粧子、写真 浮ケ谷泰、文中敬称略)=2010年10月13日

「地球村」の人びとは今、何を喜び、なにゆえに悲しみ、日々の暮らしを送っているか。「@LOVE」では世界各地のラブストーリーを紹介。このほか「@コリア」「@チャイナ」「@アメリカ」「@その他地域」と五週を一クールとするこの企画では、地域ごとに主人公やテーマを立て、「今を生きる」人間模様を描く。

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ミャンマー難民キャンプの高台にある寺院で祈りをささげたエ・ラー(右)とラ・メイ・ポー(左)の一家。4人手をつなぎ、自分たちと残された親族の幸せを祈って仏塔を3周した=タイ北西部メラ

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