伝統捕鯨、死守する漁師

反対運動や過疎化で危機  インドネシア・レンバタ島

 群青色の海面が静かにうねる。インドネシア東部・小スンダ列島の島々に囲まれたサウ海。布切れを張り合わせた三角形の帆を張る木造船の上で、ベテラン漁師のタポオナ(55)が海をにらみ続けていた。陸で見せる陽気な笑顔はない。神経を研ぎ澄ませ、マッコウクジラの気配をうかがう。
 沖からレンバタ島を振り返ると、急峻(きゅうしゅん)な山すそに家々が張り付いている。ラマレラ村の人口は約4千人。約400年前から手モリによる伝統捕鯨を続けてきた。世界で唯一のマッコウクジラ漁だが、最近、国際的な反捕鯨キャンペーンや過疎化の波が村に押し寄せ、伝統捕鯨は存続の危機にひんしている。

命懸け

 タポオナは今や25人しかいないラマファの一人だ。ラマファとは捕鯨を知り尽くした船長兼モリ撃ちの呼び名で、村人は最高の敬意を払う。伝統捕鯨は命懸けだ。「クジラは力がすごく強く、激しく抵抗する。この前は危なかった」。6月、全長約20メートルのクジラをタポオナらが10隻の船で追い込んだときだった。クジラの背に向け、竹の先に刃を付けたモリを次々に投げ込んだ。
 怒り狂ったクジラは大きな口を開け、タポオナの船の船首をかみ砕く。尾ひれと頭突きで他の2隻も壊して逃げた。「モリを投げたら、気を抜いちゃいかん。海に飛び込んで助かった」。船を修理して1週間後、今年初のクジラを仕留めたとタポオナは胸を張った。
インドネシアはフィリピン、カナダなどと同様、国際捕鯨委員会(IWC)に未加盟でIWCの管理を受けない。ラマレラ村では、鉄類を一切使わない伝統的な木造船で年に数頭から数十頭のクジラを捕ってきた。
 貧しい漁師の家に生まれたタポオナは9歳で捕鯨船に乗り、これまでに約90頭を捕った。「毎日、海に出てクジラを追う。幸せな人生だ」と満面の笑みを浮かべる。
 しかし3年前から、欧米の環境保護団体が次々に村に現れ始めた。捕鯨中止の見返りにホエールウオッチング支援などを提案。漁師らは一斉に猛反発して追い返したが、危機感を募らせる。
 「クジラは特別な存在だから」とタポオナは語る。クジラ肉は村人全員で分ける習わし。「ラマファの兄は村全体のために仕事をしている。貧しい者、夫を亡くした女性、孤児らにもクジラは分けられるの」と妹のベアトリス(49)は誇らしげに語る。
 家々の軒先はどこにもクジラの肉や皮が干してあり、したたり落ちる鯨油を取っている。「血は子供に飲ませる。肉や皮は食べたり、野菜と交換。骨はたきぎにして燃やす。鯨油はランプ油や薬になる。クジラはどこも捨てるところがない」。村人は異口同音に語る。
 村は山の斜面にあり、耕作地はほとんどない。「海の幸」を捕り、村郊外の市場で、山奥に住む民族の

イモやトウモロコシなど「山の幸」と物々交換する。現金が必要なときは鯨油を売る。「クジラを捕るなというのは、われわれに死ねというのと同じだ」とタポオナは憤る。

若者は街へ

 村に来て3日目の朝。「バレオ(潮吹き)、バレオ、バレオー」。クジラ発見を意味する独特の合図が突然あちこちで聞こえた。慌てて沖を見ると、意外なほど近い沿岸の波間から白い噴水が吹き上がった。漁師らは船を置く砂浜へ駆けだす。
 そのころ、タポオナは既に海にいた。毎朝、漁に出て、帆や櫂(かい)を巧みに操る。だが、僚船のほとんどは楽な船外機頼り。ガソリン代の節約のため出漁を控え、陸で「バレオ」を待っていた。タポオナは、帆を張る回数が減り、仲間の操船の技が衰えることを懸念する。
 「伝統は(環境団体などの)外圧では簡単に消えない」とつぶやくタポオナ。最も心配なのは伝統捕鯨の跡を継ぐ若者が少ないこと。重労働で危険なわりに収入の少ない漁師になろうとしない。タポオナの息子2人も漁師を嫌い、街でカトリック修道士になった。
 「村の外で働きたい若者が増えているんだ。クジラのおかげで育ったのに」。村の高台で妻と二人だけで暮らすタポオナが深いため息をついた。

暮らしに根ざす捕鯨

道徳と密接なつながり

 19世紀の米作家メルビルの有名な小説「白鯨」に登場するクジラ、モービー・ディックもマッコウクジラだ。クジラに片足を食いちぎられたエイハブ船長が復讐(ふくしゅう)心から執念深く追い続ける狂気の

姿が描かれている。
 米国は当時、鯨油を取るためだけにクジラを捕り、肉は捨てていた。ラマレラ村の漁師らは「もったいない。米国人は料理の仕方を知らなかったんだ」と憤る。沖合を回遊する14種類のクジラのうち、マッコウクジラの肉が最もおいしく、干し肉は何年間も保存できる。独特のにおいを消すため、パパイアの花や果実と一緒に煮て食べている。
 捕鯨は道徳とも密接に結び付いている。ラマファたちは「最も難しいのは母親や家族、友人とけんかをしないこと」と口をそろえる。
 悪い行いをすれば漁が失敗すると真剣に信じられている。
 ある日、クジラを追い詰めながら、モリが刺さらなかったり、不自然に折れて漁が失敗した。これがすぐに村中に広まり、あちこちで議論が沸騰した。有力者らが集まり未明まで、関係した漁師を一人一人尋問し、ついに、1人の漁師が友人と口論、仲たがいしていたという「原因」を突き止めた。早急に和解するよう2人に促して村騒動は無事解決した。
 「白鯨」が描く、荒々しい対決の捕鯨とは違い、人々の暮らしに深く根ざした捕鯨の世界が今も村に息づいている。(文 淵野新一、写真 村山幸親、文中敬称略)=2010年10月06日

「地球村」の人びとは今、何を喜び、なにゆえに悲しみ、日々の暮らしを送っているか。「@LOVE」では世界各地のラブストーリーを紹介。このほか「@コリア」「@チャイナ」「@アメリカ」「@その他地域」と五週を一クールとするこの企画では、地域ごとに主人公やテーマを立て、「今を生きる」人間模様を描く。

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今年、タポオナが仕留めたクジラの骨が置かれたラマレラ村。クジラは浜で解体され、肉は村人全員に分配される=インドネシア東部・レンバタ島

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