亡き叔父がくれた自信

幼子抱え、映画の都へ  「最大限に自分生かせる」

 渡米してわずか9年で、米テレビ界最高の栄誉であるエミー賞のヘアスタイリング賞の1部門に3年連続でノミネートされるまでになった。徳永優子(46)がヘアスタイリストとしてハリウッドで認められた証しだ。
 「最大限に自分を生かせる場所。自分をつくらずに、素で生きやすい」。それが徳永にとってのハリウッドだ。
 週5日は早朝からハリウッド入り。監督や俳優らからアイデアを聞き、セットや衣装を見て最適の髪形を研究した上で、髪をセットし、夜遅くまで撮影に立ち会う。
 「アーティストとして技術がいいのは当然。その次に、トップスターを抱えられるだけの精神的な器があるかないか」。スターがほっとする場所をつくり出せる能力。それが自分の武器だという。「それは子供のころから、叔父の仕事を通じて習ったと思う」

身近な業界

 子供のころから芸能界は身近だった。叔父はシャボン玉アワーなどに出演するほか、フォーリーブスや山口百恵らの振り付けを手掛けていた振付師の西条満。徳永は、西条によくスタジオに連れて行かれた。石原裕次郎らがいる世界が日常だった。いつの間にか、大スターに物おじしない子供になっていた。
 1970年代、西条が振り付けた電線音頭が流行。叔父の振り付けを全国の子供がまねした。「自分は何か持っているんじゃないか、何か自分はできるんじゃないか」。そんな自信が生まれた。
 16歳の時、京都で着物の勉強を始め、21歳で講師に。並行して、ヘアやメーク、着付けの仕事で芸能界にも出入りするようになった。
 経験を積み、実力を付け、仕事がどんどん来るようになった。30歳を過ぎ、「美に携わるクリエーターとして」自信が出てきた。しかし「むやみにイライラし始めた」のもそのころだ。「次のチャレンジがほしくなった。一に戻って駆け上がるところがほしかった」
 結婚して子供も生まれていたが、「主婦という立場と、アーティストとして生きる自分との戦い」の中で、価値観の合わない夫との関係もうまくいかなくなっていた。
 「離婚してやり直した方がいい。その方が後悔しない」。子供のころからあこがれていた米国に行こうと決めた。

一緒に舞台に

 2001年4月、2人の子供を連れて米国の土を踏んだ。前途が開けていたわけではない。10代の学生たちと机を並べて英語を習う毎日。じくじたる思いで2年間、学校に通った。
 そんなある日、ロサンゼルスの骨董(こっとう)品店の前を通り掛かった。火鉢が金魚鉢として使われ、打ち掛けや帯が、日本ではあり得ないような形で飾ってあった。「米国人はこんなふうにするのか」。自分の考え方が突き崩された。「勉強になるな」
 それがきっかけでこの店に出入りするようになり、やがて、経営者が、芸者の半生を描いた映画「SAYURI」(05年)のロブ・マーシャル監督に紹介してくれた。この映画で着物コンサルタントに抜てき。道が開けた。
 映画やドラマの仕事が来るようになり、08年にはテレビドラマ「プッシング・デイジー ~恋するパイメーカー~」でエミー賞にノミネート。以来、3年連続のノミネートとなった。
 米国で仕事を続けるか帰国するか迷っていたときに「もう一度米国に帰れ」と言ってくれたのも西条だった。
 「よくがんばったな。おれにもできないことを」。西条に認められたのが何よりもうれしい。
 だが、徳永がハリウッドで輝き始めたころ、西条は病と闘っていた。「最後に一緒に舞台に立ちたい」。自分がヘア、メークを担当し、振り付けは西条に頼むつもりで、今年3月末にファッションショーの仕事をとった。
 「行きたいけど、行けない」。病床の叔父は電話口で答えた。西条は4月25日、72歳で息を引き取った。
 「妙舞院法満日恒居士」。毎日、ハリウッドへ向かう前に徳永は西条の戒名を眺める。叔父への感謝の気持ちを込めて。

日本人、着実に存在感

夢追い広がる活躍の場

 米映画・テレビ産業の中心地ハリウッドで、日本映画や日本人俳優・スタッフは着実に存在感を増している。古くは1952年に「羅生門」(黒沢明(くろさわ・あきら)監督)がアカデミー賞名誉賞。昨年は「おくりびと」(滝田洋二郎(たきた・ようじろう)監督)が外国語映画賞、「つみきのいえ」(加藤久仁生(かとう・くにお)監督)が短編アニメ賞というダブル受賞に沸いた。
 日本人俳優やスタッフも、米国の映画やドラマに活躍の場を広げる。同賞助演男優賞にノミネートされた渡辺謙(わたなべ・けん)や、助演女優賞候補の菊地凛子(きくち・りんこ)。人気ドラマシリーズの「LOST」の完結編には真田広之(さなだ・ひろゆき)が出演した。
 俳優以外では88年に坂本龍一が作曲賞。石岡瑛子が93年に衣装デザイン賞を得た。辻一弘は2007年から2年連続でメーキャップ賞候補になった。
 今も、多くの日本人がハリウッドで夢を追う。11年前に渡米したジャーナリストのはせがわいずみも、昨年ロサンゼルス記者クラブのエンターテインメント・ジャーナリスト・オブ・ザ・イヤー賞の候補になった。
 「特殊視覚効果のスタッフなどとして日本人の名前をよく見るようになった」と言うはせがわは「ハリウッドでは世界が相手になる」と、その挑戦にエールを送る。「日本人は人数の割に、頭角を現す比率は高い」とも指摘し、日本人のまじめさや能力が評価されているとみる。=2010年09月29日(文 渡辺雅弘、写真 鍋島明子、文中敬称略)

「地球村」の人びとは今、何を喜び、なにゆえに悲しみ、日々の暮らしを送っているか。「@LOVE」では世界各地のラブストーリーを紹介。このほか「@コリア」「@チャイナ」「@アメリカ」「@その他地域」と五週を一クールとするこの企画では、地域ごとに主人公やテーマを立て、「今を生きる」人間模様を描く。

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米映画・テレビ産業の中心地ハリウッド。銀幕のスターらにあこがれる観光客の姿が絶えない

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