差別への憤りが2人を結ぶ

真珠の海に誇りを賭け  「アイシテル」今も耳に

 「月の涙」。オーストラリア先住民アボリジニの言葉で真珠のことだ。明治の昔から、同国北部の群青の海に、日本の男たちが真珠貝を求めて命懸けで潜った。「水もぐりと貝さがしの唯一の適格者かと思われる日本人」(司馬遼太郎「木曜島の夜会」)は、卓越した潜水技術と熱心さで、他民族の追随を許さなかった。潜水病に命を奪われた者、大金を手にした者…。真珠産業に引き寄せられ、あらゆる民族が行き来した町ブルーム。肌の色を超えた愛の物語も生まれた。
 「パール」(真珠)の名が赤い糸をたぐり寄せたのだろうか。アボリジニの血を引くパール(70)は55年前、この町で恋に落ちた。相手は一獲千金を夢見て日本から渡って来た浜口博司。優しさと意志の強さが宿る切れ長の目。真珠貝採りの潜水士だった。和歌山県太地町近くに生まれ、岩手県の宮古海員学校の出身。28歳でブルームに乗り込み、「大臣級」の報酬を得る潜水士の一人にすぐさま選ばれた。

「雑種」と呼ばれ

 彼の一目ぼれだった。今も町に残るよろず屋の店員だったパール目当てに通い詰めた。「1日に6回も来たのよ。歯ブラシください、次は歯磨きくださいって」。パールの父方の祖父は中国人、祖母は天草出身の日本人、母方はアボリジニと英国系。少なくとも四つの血が流れるエキゾチックな目元は男たちをとりこにした。
 仲を取り持ったのは採貝船で働いていたアボリジニ青年。「ダイバーが映画に誘いたいって」。有色人種を露骨に差別した白豪主義の時代だ。映画館で白人の席は前部、アボリジニは最後部。2人が座ったのはその「中間」の横側だ。初めてのキス。あごに触れた手の温かさを覚えている。
 「いろんな人に言い寄られたけれど、彼が最も洗練されていた。とても波長があったの」
 浜口には日本に親の決めた婚約者がいたが「帰らない。一緒になってほしい」。5年後「パール・ハマグチ」になった。母は「白人のように荒々しくない」日本人との結婚を心から喜んだ。
 2人の結びつきを強めたのは差別される者同士の共感と憤りだ。白人が頂点で、次がアジア系…。パールのようなアジア系とアボリジニの混血は「雑種」と呼ばれた。
 店のレジ係として暗算には自信があったが、白人客は「勘定がおかしい。おまえがそんなに早くできるわけがない」と言い掛かりをつけ、肉屋ではくず肉が回ってきた。
 「そいつにパンフレットを渡す必要はない。英語読めないから」。自宅に招待した客から「ジャップ」と呼ばれたこともある。浜口は「白人を殴り倒したい衝動」を何度となく押し殺していたという。後に真珠養殖の会社を起こした際、真珠貝採取の割当量は白人企業よりずっと少なかった。

 「昔だけの話じゃない。日本は世界で一番技術が進んだ国なのに、いまだに差別する人がいる」。悔しさがよみがえったのか、パールの語気が強まった。「でも彼は信じていた。本当は自分たちの方が優秀だと」。夫の静かな誇りにひかれた。

アイシテルは日本語

 2人の会話は英語だったが、浜口が時々つぶやく「アイシテル」だけは日本語だった。天ぷら、ちらしずしと何でも作ってくれた。言い争いすらした記憶はない。
 生まれた6人の男の子はそれぞれ日本語名を持つ。長男ゲリー(ひとし)は48歳。浜口とパールが二人三脚で手掛け、息子たちも手伝った養殖会社は大成功を収め、ハマグチ家はブルームの名士になった。
 潜水士ら900人が眠る日本人墓地の新しい一角に、3年前に病死した浜口も眠る。ブルーム特有の赤土に立つ十字架。「彼はクリスチャンに改宗したけれど、日本の墓石に変えて漢字で名前を彫りたいと思っているの」。最近も夫の故郷和歌山を訪ねたばかりだ。
 「月の涙」がパールの胸元で明るくきらめく。がらんとした大きな家の衛星テレビに「NHKのど自慢」が流れる。浜口が好きだった番組だ。
 「アイシテル」。夫が耳元でささやいたような気がして、パールはふと窓の外に目を流した。キョウチクトウの白い花がまぶしい。

「ザ・コーヴ」で町揺れる

先住民反発で姉妹都市復活

 浜口博司の故郷に近い和歌山県太地町とオーストラリアのブルームは不思議な縁で結ばれている。大昔から捕鯨で栄えた太地から多くの契約移民がブルームへ向かったのは、1878(明治11)年の捕鯨船の大量遭難がきっかけだ。同国北部ブルームや木曜島では、高級ボタンの材料となる真珠貝採取の潜水士を募集しており、優秀な日本人は歓迎された。船を失った太地から大勢の船員が押し寄せた。
 ブルームでは最盛期(1890~1920年)に約3500人が採取に携わり、うち約2千人が太地出身などの日本人。対日開戦や、プラスチック普及による需要減で業界は一時廃れたが、1950年代、日本の技術がもたらした真珠養殖で息を吹き返す。ブルームと太地は81年、姉妹都市提携をした。
 昨年、その関係に大きな波風が立った。太地のイルカ漁を批判的に描いた米映画「ザ・コーヴ」が原因。反捕鯨団体シー・シェパードの扇動で、世界中からブルーム当局に提携断絶を迫る数万本のメールが殺到。音を上げた町議会は提携停止を決めたが、それを許さない人々がいた。
 日系2世や3世だけではない。イルカ漁に理解を示す先住民アボリジニの怒りも爆発。パールも抗議に加わった。「白人中心の町議会は傲慢(ごうまん)。太地からの移民が繁栄の基盤を築いた歴史を忘れたのか」。2カ月後、姉妹都市提携は復活した。(文 五井憲子、写真 金森マユ、文中敬称略)=2010年09月08日 

「地球村」の人びとは今、何を喜び、なにゆえに悲しみ、日々の暮らしを送っているか。「@LOVE」では世界各地のラブストーリーを紹介。このほか「@コリア」「@チャイナ」「@アメリカ」「@その他地域」と五週を一クールとするこの企画では、地域ごとに主人公やテーマを立て、「今を生きる」人間模様を描く。

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1960年、オーストラリア・ブルームで結婚式を挙げたパールと浜口博司。パールは21歳、真珠のネックレスは夫からのプレゼントだった(提供写真)

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