山水画の里から自作の歌

和製ソフトで中国語発声  日中の壁、ネットで越え

  山水画の世界のようだった。若い女性が中国語で歌い、二胡など中国の古典楽器の音色と緩やかに溶け合っていた。5月、インターネットの動画投稿サイト。歌っていたのは人間ではない。人気の歌声合成ソフト「初音(はつね)ミク」だ。日本語ソフトのミクに中国語で歌わせた技量に感心した。
 だが数日後、作者は曲を削除していた。「動画のせいでみなさんが仲良くなれない」とのコメントを残して。中国人をののしる書き込みに嫌気が差したようだ。

古代の詩人

 作者は中国広西チワン族自治区の学生、郭陽(20)=ハンドル名solpie=。同自治区の桂林へ飛び、車で山奥へ40分入った。水牛が歩む道の向こうに数十棟の校舎が並ぶ桂林電子科技大学。学年末試験の最中だった。
 顔を半分覆う髪。身長176センチ、体重51キロ、ひょろっとしている。東京・秋葉原にもいそうだし、中国古代の詩人のようでもある。穏やかなまなざしが印象的だ。
 男子寮最上階の6階。窓の外にはコブのように盛り上がった山々が連なり、霧が漂う。ひもに干したTシャツ。8人部屋に並ぶ机と二段ベッド。パソコンには初音ミクがインストールされていた。
 2007年8月に日本で発売され、ネット上で1万以上の曲を歌い、人気曲の再生数が数百万回に達するミク。山水画の里にも居ついていた。
 ミクの中国語の出来は、どの程度か。携帯電話に入れた歌「月・西江」を、solpieと一緒に乗ったタクシーの運転手に聞かせてみた。
 ―どこの国の人が歌っているか分かる?
 「そりゃ中国人だ」
 ―どの地方?
 「北部の人だろう。発音がはっきりしている」
 ―実は、この学生が作った曲だ。
 「ははあ、さては彼女に歌わせたんだな」
 solpieと私は顔を見合わせ、笑いをかみ殺した。
 初音ミクの外国語は、通常、日本語なまり丸出しだ。それに中国語には、日本語には存在しない発音が多い。
 「作詞するとき、巻き舌音など日本語にはない音を避けるようにしている」と、solpieは秘策を明かす。「(中国語で複合母音の)夏(シア)は、日本語音のshiとaに分けて入力する。中国には方言がたくさんある。歌の中で聞くと違和感はないよ」
 2009年末、日本に住む中国人の友人がミクを買ってくれたという。
 「声が『萌え』(かわいい)と思った。クラスの歌を作ろうとしていて、女の子のボーカルがほしかったが、うちは大半が男子、録音も難しく困っていた。ミクを使って1週間で曲を作った。 このときは、ほぼすべて日本語の歌詞を使うしかなかった」
 ベトナム国境に近い同自治区欽州の農村出身。「小学校3年からパソコンをいじっていた。高校のころ、作曲を始めた」。大学ではインターネット技術専攻。ミクにはすぐ慣れ、中国語での制作も始めた。

 「日暮江水遠 入夜随風遷…」。川のほとりにたたずみ、移ろう季節の中で、遠く離れた恋人を思うような「月・西江」
 「欽州の町の高校に通うため、古里を離れたころ、作詞作曲した」。曲中の女性は初恋の人かと問うと、照れながら、うなずいた。「彼女の心の中を思い、曲にした」

中傷と激励

 初恋の記憶は、初音ミクの歌声でよみがえった。動画サイトには、日本語や中国語で多数の共感の言葉が書き込まれたが、「下品」「黙れ」といった中傷も飛び交った。「みんなに楽しんでもらいたかったのにがっかりして削除した」
 しかし、ブログなどには日本や中国、台湾、米国などからとみられる「再アップロードしてほしい」との激励が相次いだ。「月・西江」は動画投稿サイトに復活した。
 「ギター演奏が大好き。ギタリスト押尾(おしお)コータローに影響を受けた。日本人とのコラボレーションができれば」
 1日3時間をミクの操作に費やすが、現実世界では、遠く南京に住む女子学生と恋愛中だ。彼女に「何で、いつもミクのことばかり考えているの」と言われるそうだが「彼女にしか聞かせていないミクの曲もあるんだ」とか。

世界で創作の連鎖反応

「初音ミク」多言語化

 日本生まれの歌声合成ソフト「初音ミク」の人気は、

インターネットを通じ世界中に広がった。聞くだけではなく、動画に手を加えて再投稿する外国人も増え、2次創作にとどまらない「n次創作」の連鎖反応を引き起こしている。
 ミクが日本語で歌っている動画が国際的な動画投稿サイト「ユーチューブ」に投稿され、数日で視聴者が英語、中国語などに翻訳した字幕を付けて再投稿、ドイツなどで閲覧ランキング上位入りしたことがある。歌詞を英語やスペイン語に翻訳した上で、人間が歌った曲も投稿されている。
 さらに、ミクにロシア語やインドネシア語などの外国語で歌わせる作者も次々と登場。solpieは「中国人作者は、知っているだけで50~60人はいる」と話す。
 ミクを販売するクリプトン・フューチャー・メディア(札幌市)の運営サイトから楽曲配信サイトiTunes経由でのダウンロード先は、今年5月、日本が51・2%、米国40・9%、欧州諸国4・1%などだった。
 開発者の佐々木渉(30)は「ユーザーが楽曲をネットにアップロードし、多くの人の目につく仕組みが、日本と海外の壁を取り払った。若者のライフスタイルに差がなくなった」と指摘する。
 英語で歌える、ミクの姉妹品も市販されている。佐々木はさらにアジアの言語で歌うソフトの開発を検討している。(文 米元文秋、写真 京極恒太、文中敬称略)=2010年08月11日

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「寂しい時、よく楽曲を作る」。solpieが作る歌には、取り戻せない時間や、好きだった人との別れの歌がある。学生寮で「初音ミク」を使い作った曲のメロディーを演奏すると、仲間たちが集まってきた=中国広西チワン族自治区桂林

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