祖国の民主化信じて

人生変えたスターリン批判  83歳「行動の人」貫く

 2009年12月31日。いてつくモスクワ中心部の広場で、人権活動家リュドミラ・アレクセーエワ(83)は、背後から突き飛ばされ、屈強な機動隊員に連行された。
 共に拘束された若者らが「恥を知れ!」「プーチン(首相)辞めろ!」と叫ぶ。拘束理由は「無許可集会への参加」。集会の自由を保障したロシア連邦憲法第31条の履行を訴え「31」が付く日に集会を開いているが、政権批判で知られるアレクセーエワらに、モスクワ市は許可を与えない。
 「人権活動家が違法行為かね」
 「憲法順守を訴えると違法なの? 法律違反はそっちでしょ」
 アレクセーエワは、皮肉を言う警察幹部をどなりつけた。
 著名な人権団体「モスクワ・ヘルシンキ・グループ」代表で、2カ月前に欧州議会のサハロフ賞を授与されていた。拘束は速報され、欧米ですぐに非難の声が上がった。
 「あんたは釈放。早く帰って」「きょう拘束された50人と一緒でないと帰りません」。数時間後に全員が解放された。

警察国家

 「ロシアは警察国家なのよ」。当時を振り返り彼女は言う。小さな、やせた体。外出につえが欠かせない。前より声も少し小さくなったが、相手を見る眼は鋭く輝き、権力批判の舌鋒(ぜっぽう)は健在だ。
 「事務所に座って人権を語るのではない、行動の人。ロシア人権運動の長老的存在だ」。人権団体メモリアル代表のオレク・オルロフは語る。
 ロシアでの人権活動には生命の危険が伴う。プーチン大統領時代にチェチェン共和国で起きた人権侵害を告発した記者アンナ・ポリトコフスカヤ=死亡時48歳、弁護士スタニスラフ・マルケロフ=同34歳=は、いずれも何者かに射殺された。
 「わたしの年になるともう何も怖くない」とアレクセーエワは言う。「人はいつか死ぬ。脳卒中なら何年も寝たきりになる。撃たれて死ぬのとどっちがましかしら」
 ロシア革命から10年後の1927年生まれ。両親は革命のおかげで教育を受けることができた貧しい家庭出身の知識人だった。自宅にはレーニンの肖像。子供のころから「ソ連ほど自由な国はない」と信じていた。
 現実には、30年代に始まったスターリンの大粛清が、隣人らを一人、また一人と夜中に連行し抹殺していた。だが、体制への信頼は変わらず、52年に共産党員になった。
 翌53年にスターリンが死去。56年にフルシチョフが大粛清の実態を暴露した「スターリン批判」が、人生観を揺るがした。大学院に進みレーニン全集を読破した。ロシア革命は人民の解放ではなく、単に権力の奪取にすぎなかったと確信した。

 彼女のアパートは、異論派が集う地下出版の編集部と化した。65年、国外で反ソ的作品を発表し逮捕された知人の作家ダニエルとシニャフスキーの支援に参加。裁判公開を求め、少人数のデモを組織した。ソ連の人権運動の始まりだった。
 「人生の転機でもあった。わたしは自分が望む人生を歩み始めた」

変わる社会

 68年、党を除名。国家保安委員会(KGB)が自宅捜索を繰り返し、77年には活動家仲間の夫と米国への出国を余儀なくされる。ソ連向け反共放送のスタッフとなった。
 「自分が生まれた国への愛」が原動力だった。その祖国に戻ったのは、ソ連崩壊後の93年。当時のエリツィン政権下で飛躍的に拡大した言論・集会の自由は、KGB出身のプーチンが大統領になると大幅に後退する。
 「強権的で不実、閉鎖的。市民社会の発展を最大限に妨げた」。アレクセーエワのプーチン批判は手厳しい。それでも、あと 10~15年でロシアは民主的な法治国家になると予言する。
 「70年代には人権という言葉すら誰も知らなかった。国際的批判を気にして政権は私に手出しできない。社会はかなりの速さで変わっている。市民が政府に法の順守を要求する時代が来る」
 それを自分の目で見ることができるかどうかはわからない。「でも力のある限り活動を続ける」。自宅の机には、40年を共にし4年前に他界した夫の白黒写真が、そっと飾られている

若き大統領に期待と注文

「近代化」成否は不透明

 KGB出身のプーチンから大統領職を引き継いだメドベージェフ(44)は「ロシアの近代化」を提唱。政治・経済分野の自由拡大を進めており、スターリン死後のソ連で言論統制が一時的に緩和された「雪解け」に例え、期待する声もある。
 メドベージェフは当初、「双頭体制」の首相として強い権力を維持するプーチンのイエスマンとみられていた。
 しかし昨年発表した論文では、プーチンの大統領時代に進んだ資源輸出依存型の経済を批判。司法の独立や政治システムの民主化を訴えた。プーチン政権下で再評価が進んだスターリンについても「自国民を大量虐殺した」と断じ、復権を明確に否定。「プーチンのいいなり」との陰口は影を潜めた。
 個人の自由より体制の安定を優先、民主化を求める欧米と鋭く対立したプーチンとは対照的に、メドベージェフはオバマ米大統領と新たな核軍縮条約に調印、対米協調外交を進めている。6月の訪米ではシリコンバレーを視察、高度技術産業の育成に強い意欲を示した。
 アレクセーエワは若き大統領に期待を示しつつ「大統領が描く近代化は技術革新に傾きすぎている。報道や政治活動の自由、公正な選挙がなければ真の近代化はあり得ない」と指摘する。2年後にプーチンが大統領に復帰するとの見方も根強く「近代化」の成否はまだ不透明だ。(文 佐藤親賢、写真 ニコライ・サロフ、文中敬称略)=2010年07月28日 

 

 「地球村」の人びとは今、何を喜び、なにゆえに悲しみ、日々の暮らしを送っているか。「@LOVE」では世界各地のラブストーリーを紹介。このほか「@コリア」「@チャイナ」「@アメリカ」「@その他地域」と五週を一クールとするこの企画では、地域ごとに主人公やテーマを立て、「今を生きる」人間模様を描く。

secondpicture

モスクワ中心部の「勝利広場」で、集会の自由の保障を訴えるデモに参加した女性が機動隊に向かって掲げたVサイン。機動隊員はデモ参加者を、1人ずつ引きはがすように連行した=5月31日

つぶやく ロシアについて