迷った恋が「私の命」に

島と大陸の溝を超えて  理由は「あなただから」

 いつか、私を本当に愛してくれる人が現れる。4年間の結婚生活に終止符を打ち、疲れて傷ついた心の奥。なぜかそうささやく声があった。
 「でも実際に現れた時は、運命の人だとはすぐに分からなかったの」。マダガスカル人のラミノソア・アンタマララ(49)はそう言ってほほ笑んだ。
 「ある日ハチに刺され、その『愛の針』が僕の体に残ったままのようだった」。ジンバブエ人の夫アレックス・ジョー(58)は妻との出会いをそうたとえた。
 アフリカ大陸南東のインド洋に浮かぶ島国マダガスカル。1991年の首都アンタナナリボでの大規模な民主化要求デモが2人を結びつけた。
 当時、31歳だったアンタマララは老舗ホテルの受付で働いていた。客は動乱を取材する報道関係者ばかり。アレックスもAFP通信のカメラマンだった。
 笑顔を絶やさず、受付に立ち寄る度にアンタマララの同僚に「僕は彼女と結婚するんだ」と言い続ける彼を、アンタマララもまた笑顔で受け流していた。
 マダガスカル人の祖先は東南アジアから渡ってきたとされる。ヤシの木が立ち並び、田んぼが広がる風景もアジア的だ。人々はコメを主食とし、顔つきもアフリカ大陸に比べて穏やかに見える。マダガスカル人の大陸への帰属意識は意外なほど薄い。
 大陸の黒人男性を夫に選ぶ女性もまれだ。マダガスカルの事実上の公用語はフランス語。ジンバブエは英語。アンタマララとアレックスの故国は言語、文化、自然のいずれも大きく違う。2人の間には「アジア最西端の島」と「大陸」との溝があった。

指輪はどこ?

 「ランチに行かない?」。ある日、アレックスに誘われた。アンタマララは「昼すぎまでの仕事の後なら」と答えたが、心は迷っていた。男性と新たなかかわりを持つことに臆病(おくびょう)になっていた彼女は、約束を破り、逃げるように帰宅した。
 翌日、受付に来たアレックスは彼女を責めることもなく、いつものように優しい言葉をかけた。「抑え込んでいた気持ちがゆっくりとほどかれる気がした」。2度目の誘いに応じたランチでは、彼の誠実さにやすらぎを感じた。「私と結婚したいんでしょ。指輪はどこ?」。冗談めかして言えたほど彼とうち解けた。
 初ランチから約2週間後、「海辺へ行こう」と誘われた。知り合ってから3カ月近くがたっていた。2人は東部の海辺の町トアマシナへ5日間の旅をした。
 朝の浜辺で二人が歩んできた道を語り合った。ともに離婚を経験、幼い子供がいたが、以前のパートナーと別れた理由は互いに聞かなかった。
 散歩の途中、アレックスにぐいと手を引かれ、宝石店に入った。彼はアクアマリンの指輪を選び、彼女の左手薬指に滑らせた。「幸せな瞬間だった」とアンタマララ。
 仕事の拠点としていたケニアの首都ナイロビに戻ることになったとき、アレックスは言った。「一緒に暮らそうよ」

 迷う彼女の背中を同僚が押した。「うまくいかなかったら帰ってくればいいのよ」。1カ月の休暇を取り、息子を母に預けて飛行機に乗った。

何でも話し合って

 以来、20年近い時を2人は一緒に過ごしてきた。結婚の失敗の経験は2人の間に起きる問題を解決するために役立った。「何でも話し合って理解しようと努力してきた」「人生は限られている。けんかで時間を無駄にしている暇はないの」
 アレックスが紛争地帯へ出張したり、アンタマララが里帰りするなど離れ離れになると、アレックスは毎日、電話をかけてきた。
 「なぜ僕を愛しているの」。彼はよく聞いた。「あなたがあなただから」。彼女はその度に答えた。いつからか彼を「私の命」と呼ぶようになっていた。「愛は幸運の財布。与えれば与えるほど中身が増す」。ドイツの詩人ウィルヘルム・ミュラーの言葉が2人には似合う。
 10年ほど前、2人はアンタナナリボ郊外の高台に土地を買った。アレックスが退職したら一緒に住む「終(つい)の棲家(すみか)」は、もうすぐ完成する。

魅力多い隔絶された地

近年は政情不安続く

 アンタマララとアレックスは今、アレックスの仕事のため南アフリカのヨハネスブルクで暮らす。アレックスは報道カメラマンとして多忙な日々を送りながら

「退職して2人でマダガスカルに住む日が待ち遠しい」と話す。
 マダガスカルは魅力の多い不思議な島だ。大陸と隔絶されてきたため、キツネザルだけで30以上の固有種が生息するなど希少な動物の宝庫として知られる。
 島西部にはサンテグジュペリの「星の王子さま」に登場するバオバブの巨木が立ち並ぶ幻想的な「バオバブ街道」がある。世界遺産に指定された「奇観針山」ツインギーは、浸食によってできた独特のとがった山が連なり、マダガスカル観光の目玉になっている。
 1960年にフランスから独立したマダガスカルは東西冷戦下の76年、社会主義路線を掲げたラチラカ最高革命評議会議長が大統領に就任した。冷戦終結後の92年には社会主義と決別、新憲法を採択したが、2007年、大統領権限を強化する憲法改正が行われたころから、強権体質に反発する勢力が台頭。2009年3月、野党指導者ラジョエリナ氏が軍の支持を得てラベロマナナ大統領を退陣に追い込んだ。翌年5月に首都アンタナナリボで反ラジョエリナ派と治安部隊との間で銃撃戦が起きるなど政情不安が続いている。(文 舟越美夏、写真 中野智明、文中敬称略)=2010年06月30日

「地球村」の人びとは今、何を喜び、なにゆえに悲しみ、日々の暮らしを送っているか。「@LOVE」では世界各地のラブストーリーを紹介。このほか「@コリア」「@チャイナ」「@アメリカ」「@その他地域」と五週を一クールとするこの企画では、地域ごとに主人公やテーマを立て、「今を生きる」人間模様を描く。

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マダガスカルの首都アンタナナリボのダウンタウンを歩くアンタマララ(中央左)。坂が多い街には、石畳や菓子店などにフランス植民地の名残があるが、行き交う人々の顔にはアジアの面影がある

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