取り戻した「わたしの翼」

障害者の自立支援に生きる  不運乗り越え新たな旅

 ひとつに髪を束ね、大きな瞳に真っ赤な口紅が映えた。「あのころ」の写真が何枚も部屋に飾ってある。
 「ちょっと待って、お化粧するから」。カメラを向けようとすると、マイ(40)は遮った。「ケジャン、鏡を見せて。やだ、やっぱり最近太ったわ」
 タイの首都バンコクの郊外。古びたアパートの2階にマイは横たわっている。首から下が全く動かせない。曇りガラスの窓から光が差し、路地から子供の声が聞こえる。
 友達に紹介されたケジャンとケーオが交代で泊まり込み、介助をしている。食べたいもの、したいこと。次々とマイの要求に応える。
 マイは日本航空の国際線客室乗務員だった。タイの女の子にとって、あこがれの職業の一つだ。名門チュラロンコン大を卒業、しばらくしてその仕事に就いた。
 バンコクを拠点に、日本や米国などを飛び回る充実した毎日。忙しすぎて大好きな彼と会う時間もないほどだった。

生存率20%

 2日後に、次のフライトが控えていた。1999年5月14日。久しぶりの休暇。朝、旅先のホテルを出る時、嫌な予感がした。「わたし、今日はこのまま家に帰れないかもしれない」。雨がぽつぽつと降る中、マイを乗せたバンはタイ南部の町を出発した。夜にはバンコクに着くはずだ。
 胸騒ぎが止まらない。夕方、バンはトラックと接触して横転し、一人だけ外に投げ出された。一命は取り留めたものの頸椎(けいつい)を損傷した。
 「手術をした方が良いが、成功しても生き残る確率は20%」。枕元で医者が母に告げるのを、目を閉じたまま聞いていた。仕事に戻ることだけを考えていた。家族が葬儀の準備をしたことは、後から知った。
 事故はさまざまな形で体をむしばんでいった。翌年には心臓病を発病。床擦れが悪化し、車いすに乗ることすらつらい。「もう疲れた」と思う時もある。キリスト教徒になった。祈り続けることで、気持ちが少し楽になっていく。
 同居を勧める家族を押し切り、この部屋での暮らしを選んだ。入院中、マイの全身を丹念にふく年老いた母を見て決めた。もう負担をかけたくなかった。「自分の人生を楽しんで。わたしも自分でやってみたいの」。強がって突き放した。
 家族からの仕送りも断った。障害者となった半生について講演し、自伝も出版。経済的にも何とかやっていける手応えをつかんだ。

誰かのために

 やがて大きな転機が訪れる。非政府組織(NGO)「障害者インターナショナル」アジア太平洋ブロックのプロジェクトマネジャーに迎えられた。活動の幅が一気に広がった。
 マイの主な仕事は、女性障害者の自立支援。車いすの障害者たちが働くバンコクのオフィスに、体調が良いときは午前4時ごろ起きて向かう。冗談を言い合える同僚に会えるのがうれしい。
 支援を通じて知り合った日本財団の千葉寿夫(ひさお)(41)は、退院直後の打ちのめされたマイの姿を覚えている。
 「外に出るようになり、仲間ができたことで彼女の表情がぐっと明るくなった」
 マイは障害を負って初めて、誰かのために生きることを知った。パソコンを使うと、さらに世界が広がるのが楽しい。
 同じように障害がある人たちにも会いに行くようになった。どこでどうやって暮らしているか。介助者にはどう接したらいいか。自分の障害にどう向き合ってきたか。伝えたいことがたくさんある。3冊目の本を書こうとしている。
 カナダ、シンガポール、台湾、ベトナム…。活動の場はタイにとどまらない。通い慣れた日本では障害者に対するカウンセリング方法を学んだ。
 旅から戻る小さな部屋に、母の写真は飾っていない。甘えを封じ込めておかなければ、力が尽きてしまいそうだ。
 最近気に入っているのは、淡いピンクの口紅。「あのころ」とは違う翼を得て、また世界を飛び回っている。

社会に出て自信回復

政府も介助者育成

 タイで、障害者は大家族に守られ、家の中に閉じこもりがちだった。
 しかし医学の進歩で、重度の障害があっても車いすで動けるようになり、マイのように自立を強く求める障害者が増えた。一方、町に出て働く若い世代が増え、高齢化も進んだ。家族による介助は難しくなってきた。
 タイ政府は2007年、障害者の生活の質を向上させる法律を施行。介助者派遣制度の導入に向け、マイや視聴覚障害者らをメンバーとする委員会で介助者の育成プログラムを策定中だ。
 政府は、障害者登録制度の整備も進めている。登録者は一部の公共機関が無料になるサービスなどを受けられ、申請すれば月500バーツ(約1400円)が支給される。
 障害者自らが障害者の自立を支援する中部ノンタブリ県の「自立生活センター」では、公共施設のバリアフリー化に取り組んでいる。実際に利用して不便だった公共施設のスロープやトイレを、国や地元自治体にかけあって改修させてきた。
 スタッフのティラユットは「『金をあげる』『モノをあげる』と施しをするように扱われてきたわたしたちも、社会に出て行くことで自信を持てるようになった」と話す。
 現在、タイには自立生活センターが四つあり、ティラユットは「タイ全土にこの活動が広がってほしい」と語った。(文 本間麻衣、写真 浮ケ谷泰、文中敬称略)=2010年06月23日

「地球村」の人びとは今、何を喜び、なにゆえに悲しみ、日々の暮らしを送っているか。「@LOVE」では世界各地のラブストーリーを紹介。このほか「@コリア」「@チャイナ」「@アメリカ」「@その他地域」と五週を一クールとするこの企画では、地域ごとに主人公やテーマを立て、「今を生きる」人間模様を描く。

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バンコク郊外、マイの住むアパートの前には小さな公園がある。マイは時折ここを訪れ、新鮮な空気を吸うのを楽しみにしている

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