食育で子どもに笑顔を

広がる「学校菜園」運動  脱ファストフード目指す

 米西海岸サンフランシスコ近郊バークリー。4月末、カリフォルニアの春の陽光がさんさんと降り注ぐ中、マーティン・ルーサー・キング・ジュニア中学の生徒たちが校庭の菜園に続々と集まってきた。菜園には春の花が咲き乱れ、足元にニワトリが走り回る。「この花の名前が分かるかい」。麦わら帽子の教師ベンが語りかけると生徒らの目が一斉にそそがれた。
 「エディブル・スクールヤード(学校菜園)」。学校に菜園を作り、生徒と一緒に農作業を行い、収穫した作物を調理、味わう食育プロジェクト。1人の女性シェフが始めたこの運動は静かな広がりをみせ、大量消費とファストフードにまみれた米国の「食」に変化をもたらしつつある。

学校再建

 「菜園で子どもは野菜に堆肥(たいひ)をやることを知り、花の名前を覚え、土について学ぶ。自然は偉大な教師だわ」。菜園で授業を受ける子どもたちを見ながらアリス・ウオーターズ(66)は紫色の空豆の花を摘み始めた。
 ニュージャージー州出身のアリスはフランスへの留学時代に料理に目覚め、教師などを経た後、1971年にバークリーでレストラン「シェ・パニース」を開いた。のちにアメリカ料理に新風をもたらすカリフォルニア・キュイジーヌ(料理)発祥の地として知られるようになるレストランだ。
 地元産の食材にこだわり、優秀なシェフを雇ったことで当初は赤字続き。経営が軌道に乗ったころ「子どもたちに手作りの食のおいしさを教えたい」と思い始めた。
 エディブル・スクールヤードの構想を地元紙に語ったのが1994年。ほどなく近くの公立中学から手紙が届く。「あなたのアイデアで荒廃した学校を再建できないだろうか」。マーティン・ルーサー・キング・ジュニア中の校長だった。
 当時、中学は荒れ果てていた。校舎はぼろぼろで落書きだらけ。生徒には覇気がなく、昼食はファストフード中心。アリスは広い校庭に目を付けた。「ここに菜園を作りましょう」
 挑戦が始まった。懐疑的な教師らを説き伏せ、地域コミュニティーから資金を募った。本格的な菜園作りは2年後に開始。面積を徐々に広げ、レモンやリンゴなど果物の木も植えた。2001年には400人の生徒にスープなどの朝食を無料で提供できるまでに。

肥満児増加

 同じころ、米国の公教育は激震に見舞われていた。ブッシュ前政権による教育費削減。低所得層への食料費補助カットは学校給食を直撃し、多くの学校で1食当たりの材料費が1ドル程度に。ピザなどの冷凍食品でまかなう学校が増え、大手ハンバーガーチェーンと契約するところも。
 「ファストフードは伝染病の一種。安くて早いと手を出していくうちに健康を害していく」とアリスは顔を曇らせる。事実、米国では肥満児の増加が社会問題化。しかし低所得層の親に手作り弁当を持たせる余裕はない。アリスは「学校が地域社会と共同で無料の給食を提供するのが唯一の解決策」と言い切る。
 実際、マーティン・ルーサー・キング・ジュニア中では学区の教育委員会などとも連携、手作りの昼食を提供している。
 菜園は現在、1エーカー(約4千平方メートル)まで広がり、07年には野菜約480キロ、トウモロコシ300本、卵約300個の収穫を上げた。菜園で美術や理科の授業もあり、花の絵を描いたり、小動物の生態を学ぶことも。7年生のラウル(13)は「菜園での農作業を嫌がる同級生はいないよ。ニワトリの世話をするのは大好き」と笑う。
 エディブル・スクールヤードを持つ学校は米国で現在、6校のみ。しかし小規模な菜園を設けたり、地元農家の新鮮な食材を給食に用いる学校は着実に増えている。
 さらなる拡大には「政治を動かすしかない」。その強い理解者の一人がオバマ大統領夫人のミシェルだ。ホワイトハウスに娘のための菜園を作り食育を実践、子どもの肥満対策を訴えている。アリスは「この学校は変わった。米国も変わることができる。菜園で子どもの笑顔を見ると未来に希望を持てる」とほほ笑んだ。

アメリカ料理に革命起こす

豆腐など日本食の影響も

 アリス・ウオーターズは1970~80年代にアメリカ料理に革命を起こしたカリフォルニア・キュイジーヌ(料理)の創始者として有名だ。
 アメリカ料理でまず思い浮かぶのはハンバーガーとホットドッグ。開拓時代の伝統を持つステーキなど肉料理の人気はなお健在で、さらに手軽で安い米国発のファストフードの存在が「アメリカ料理はいまひとつ」の評価につながってきた。
 このイメージを一変させたのがカリフォルニア・キュイジーヌだ。海や山の幸に恵まれたカリフォルニアの新鮮な食材を使い、素材を生かす味付けで仕上げた料理は多くの人の舌を驚嘆させた。
 在米の料理研究家、萩原治子(はぎわら・はるこ)さんは「アリスの登場はまさに革命。それまで米国では冷凍食品全盛。スーパーにもしなびた野菜しかなかった。彼女は多くの人の目を食材に向けさせた」と話す。
 実際「肥満人口」が30%を超えている米国で、アリスらが用いているオーガニックフード(無農薬野菜など有機食品)は確実に市民権を獲得しつつある。大都市を中心にマクロビオティック(玄米など自然食)を実践する若者も増えている。
 さらに無視できないのが健康食品としての日本食の影響だ。「玄米や豆腐を積極的に用いている」とアリス。マーティン・ルーサー・キング・ジュニア中学でも手巻きずしは人気メニューだ。=2010年06月16日(文 小林義久、写真 鍋島明子、文中敬称略)

「地球村」の人びとは今、何を喜び、なにゆえに悲しみ、日々の暮らしを送っているか。「@LOVE」では世界各地のラブストーリーを紹介。このほか「@コリア」「@チャイナ」「@アメリカ」「@その他地域」と五週を一クールとするこの企画では、地域ごとに主人公やテーマを立て、「今を生きる」人間模様を描く。

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マーティン・ルーサー・キング・ジュニア中学の菜園では、教師や生徒の笑顔が絶えない。「土まみれになるけど農作業は本当に楽しいよ」と話す6年生のサミラは、キウイの栽培がとくに好きだ=米西海岸サンフランシスコ近郊バークリー 

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