中国の現実、世界へ発信

弱者の苦しみ、生々しく  陳情村、麻薬、拷問…

 がれきの山。血のにおい。悲痛な叫び。役人に追われて逃げる途中、列車にひかれて死んだ2人の陳情者のために仲間たちが追悼のデモに出る。数々の鮮烈なシーンは、中国社会の底辺に生きる弱者の苦しみを生々しく伝えていた。
 中国のフリー映画監督、趙亮(ちょう・りょう)(39)が制作した中仏合作のドキュメンタリー「上訪(シャンファン)」(邦題、北京陳情村の人々)。
 「中国の現実を伝えたい。非常に豊かになっているようにみえるが、すべて庶民の犠牲という代償の上にある。ひずんだ体制の下、矛盾が次々と噴き出している」
 2009年11月、国際映画祭「東京フィルメックス」で銀幕に映し出された趙のメッセージ。報道や表現の自由が制限された中国から「現実」を発信した趙への支持と感動が静かに会場を包んだ。

正義

 「正義を重んじたい。正義は世界共通であり、人が持つべき良心だと思う」。若いアーティストが集まる北京郊外の芸術村の静かな自宅兼アトリエ。趙は映画づくりの信条をこう語った。
 「上訪」とは地方政府の不正や失政について、中央政府に善処を求める陳情制度。北京南駅近くには、地方から上京した陳情者が住み着いた陳情村があった。趙は12年間にもわたって村の人々を撮影し、映画化した。
 「共産党政権は腐敗している」「独裁をやめて民主化しろ」「役所は作物代金を払え」「立ち退きを強制され、住む家がない」。映画の中の陳情者は口々に訴え、天安門広場でビラまきもした。
 しかし、陳情村は08年の北京五輪を前に取り壊された。人々は追い払われ、拘束されたり、精神科病院に収容された者もいる。中国指導部は国際的な体面を重んじ、弱者の声を封じ込めようとしたのだ。
 「うそや隠ぺいで人民を欺き通すことはできない。人びとは目覚め始めており、何かが起きそうで本当に心配だ」と趙。
 美大(写真専攻)を卒業後、映画制作に興味を持ち北京電影学院で学んだ。「中国の変化はとても大きい。新しい事象を記録しようとドキュメンタリーを撮り

始めた」
 当時は貧しく、アルバイトで資金を稼ぎ、知り合いに機材を借りた。1人で監督と撮影を兼ね、カメラ越しに被写体へのインタビューもする。
 友人の映画仲間、朱日坤(しゅ・にちこん)(33)は「若手の実力派。芸術家肌のさっぱりした性格で被写体との関係づくりもうまい。危険な撮影も敢行する知恵と勇気を兼ね備えている」と趙を高く評価した。

圧力

 趙は陳情者の友人となり、村のコミュニティーに溶け込んだ。陳情窓口や天安門広場では、当局者に制止されないよう陳情者や地方役人のふりをして、隠し撮りもした。だが、当局は自主制作映画を厳しく監視し、圧力をかけてくる。
 「上訪」は09年5月に北京で開かれたアングラの映画祭で上映されたが、主催者は直ちに警察に呼ばれ「国家指導者への反抗」と追及された。出演した陳情者の娘も警察から「趙は反革命分子だ。つき合わないように」と強くくぎを刺されたという。
 民主化について、趙は「わたしの映画の仕事ではない。ただ自分の目で見たことを人々に伝えたいだけ。だが、もし作品が社会の進歩を促すことができれば、とても光栄なことだ」と語った。
 忙しい日々の中で、癒やしは、タイに住む家族との触れ合い。タイ人の妻はテレビ番組の制作者。オランダの映画祭で知り合って結婚。4歳の娘と3歳の息子がいる。「ネットのテレビ電話で毎日会える。無料だし、科学技術は素晴らしい」
 趙は「上訪」のほかにも麻薬中毒の 若者たちの姿や、前衛芸術家たちへの弾圧、警官の被疑者への拷問などを描いた優れたドキュメンタリー映画を制作。海外の映画祭では何度も受賞していたが、悩みは「中国国内では公式に上映できない」ことだった。
 「中国人にみせてこそ意義がある」。趙は今、エイズ患者を描く映画に取り組む。患者への差別をなくす狙い。今回は国内で上映できそうだ。だが、趙の訴える「正義」が中国国内で完全に認められ、全作品が公開されるまでには、まだ長い年月が必要だろう。

当局と激しいせめぎ合い

80年代末から制作活発に

 中国で自主制作されたドキュメンタリー映画は、共産党がコントロール下に置く既成メディアとは異なり、中国の社会や共産党政権の問題点をずばりと指摘したものが少なくない。ゆえに表現の自由をめぐり、フリーの映画制作者と当局の激しいせめぎ合いがある。
 中国の自主制作映画は1980年代末ごろから増えてきた。背景には改革・開放下の自由化と豊かさ、技術進歩でカメラや編集機材が安くなったことなどがあった。
 自主制作映画の振興を図ってきた栗憲庭映画基金(北京市)によると、毎年制作される主要な映画は50~60本。同基金は映画祭や映画制作セミナー、ネットでの情報発信などの活動を続けてきたが、地元警察の政治的な干渉は日常茶飯事だ。
 2010年5月の映画祭の直前には、監督徐辛(じょ・しん)の映画「カラマイ」が警察に没収され、上映できなくなった。1994年に新疆ウイグル自治区カラマイ市の映画館で子供ら約300人が死亡した火災の責任問題を追及した作品。
 当局は09年7月に新疆大暴動が起きたこともあり、ウイグル族の感情を刺激する恐れがあるとみて、同映画の上映を禁止したとみられる。
 趙亮の「上訪」は昨年フランスのカンヌ国際映画祭や東京で上映されて話題になり、今年春の香港国際映画祭では「人道記録映画最優秀賞」を受けたが、中国国内のメディアは一切報じていない。(文 森保裕、写真 佐渡多真子、文中敬称略)=2010年06月02日

「地球村」の人びとは今、何を喜び、なにゆえに悲しみ、日々の暮らしを送っているか。「@LOVE」では世界各地のラブストーリーを紹介。このほか「@コリア」「@チャイナ」「@アメリカ」「@その他地域」と五週を一クールとするこの企画では、地域ごとに主人公やテーマを立て、「今を生きる」人間模様を描く。

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北京市内の病院で、エイズ患者の血液検査の模様を撮影する趙亮(右端)

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