92歳でなお「危険な男」

妻33人を愛するケニア紳士  ルオ族の伝統に生きる

 長い足に白い半ズボン、アイロンのかかったシャツにアスコットタイ、黒髪は横になで付けられていた。そのおしゃれな彼が車を降りると言った。「おれと一緒に暮らさないか」。カルネルディは50年近く昔、夫と出会った日のことを深いしわが刻まれた目もとを潤ませながら話した。
 松葉づえを手に歩くフランシスも隣で「そう、ほれぼれする姿だった」。
 さらに妊娠5カ月のジョセフィン(28)も「会ってすぐ、この人となら一緒に暮らせると思った」とうなずく。
 女たちの夫は92歳のアセントゥス・アクク。ケニアのルオ族の間で彼を知らない者はいない。「33人の妻を持つ男」として。
 ウガンダ国境に近い町ホーマベイ近郊の村。緑の丘陵に、泥壁とトタン屋根の家が点在する。見渡す限りアククの「領地」だ。それぞれの家に妻と子どもたちが暮らす。
 「レディーたちはいかがお過ごしかな」。緑と青のチェックの日傘を手に長身の男が現れた。庭先にいた9人の妻とその子や孫ら30人余りの視線が一斉に向く。白い半ズボンに茶のハイソックス。水色のシャツにべっ甲色の縁のメガネ。白い帽子。いでたちは、妻たちをほれぼれさせた昔のままだ。「私が『危険なアクク』と呼ばれている男だよ」。そう言うと、いたずらっぽい笑顔を浮かべた。

一緒に暮らさないか

 アククは若いころに衣料品店を始め「この地区で初めて自転車を手に入れた」。自転車に服を積み、遠い町まで行商に出掛けた。センスの良さと商才、エネルギッシュな仕事ぶりで服は飛ぶように売れた。1950年代には車も買った。
 21歳で2歳年下の女性と結婚。それを皮切りに結婚した女性は100人以上。うち生涯連れ添った妻は45人だったが、12人とは既に死別した。
 生まれた子どものうち60人は病気などで死亡したが「息子150人、娘140人は元気だよ」。子どもたちは、もう自力では歩けない高齢者から幼児までいる。
 孫やひ孫の数となるとアククは「うーん」。正確な数は不明だが、近くの小学校の児童の大半がアククの子孫という。
 それにしてもなぜこんなに多くの妻をめとったのか。アククは「女たちがついてきたからだよ」とにやり。
 「ちょっと話をしないか」。そして「一緒に暮らさないか」。この二つの殺し文句で女性を口説き落とし続けてきた。大切なことは三つとアククは言う。「女性へのアプローチの仕方を覚えること、自分をセクシーに見せること、養う力を持つこと」。中でも「養う力」こそが、一夫多妻の伝統を持つルオ族の男たちにとっては誇りと尊敬の対象になるという。
 男は自分の領地が大きいほど、それを守るため複数の妻を領地内に持とうとする。女たちは、家族をラ

イオンなどの敵から守るための智恵と力を持つ男に頼る。これがケニアで複数の男たちから聞いた一夫多妻の伝統についての説明だ。今でも、少なくとも牛2頭を女性に贈る財力がなければ男は結婚できない。

平等に愛す

 すべての家族の平和のため、アククはどの妻も平等に扱っていると話す。「妻たちは容姿や性格は違うが、それぞれに魅力があり、全員を愛している。優劣はつけられない」。妻たちも口々に言う。「夫は他の男たちのように暴力はふるわず、よく面倒をみてくれた」「今でもセクシーでハンサムな人」
 一人の夫を共有することについて妻たちは「これだけたくさんいれば、嫉妬(しっと)もしない。わたしたちは姉妹みたいなの」。
 今、アククの身の回りの世話をするのは「最後の妻」のジョセフィン。13年ほど前、他の男と争い、口説き落としたという。彼女のおなかにいる3人目の子の父親はアククなのかどうかは、誰も気にかけていなかった。妻が子宝を授かり、その子を彼が養えればそれでいいようだ。
 アククは、午前5時には目覚め、日中は妻たちに囲まれながら過ごし、夜はテレビでニュースを見た後、午後9時には眠る。まだ、かくしゃくとしているが、いずれ「お迎え」が来たら、最初の妻宅近くに埋葬される。ルオ族の習慣だという。
 ×  ×  ×
 アククはインタビューの半年後の2010年10月、死去した。糖尿病を患っており、自宅で倒れたという。

若い世代には意識変化も

合法化法案めぐり論議

 ケニアを含むアフリカの多くの国は、一夫多妻の伝統が今もある。南アフリカのズマ大統領など複数の妻を持つ指導者もいる。
 ケニアでは2009年、一夫多妻を正式に合法化することを含めた婚姻法の草案が議会に提出された。だがキリスト教会を巻き込んで論議となり、採決に至っていない。
 法案は一夫多妻を認める一方で①婚姻の際に多額の贈り物を女性の家族に渡す習慣「ダウリ」の禁止②2年以上同居した男女は事実婚とみなす③18歳未満の結婚の禁止―などが中身。人権活動家の一部は、法案はダウリの禁止や結婚年齢の引き上げを盛り込んだ点では女性の人権を守る一歩となると、強硬に反対するキリスト教会を批判しているという。
 もっとも、一夫多妻制は、若い世代の間では支持されなくなりつつある。エイズのまん延で、複数の女性と関係を持つことを敬遠する人が増え、高い教育と収入を得る女性たちが増えてきたことも変化の背景にある。「男性が複数の妻を持てても、女性が複数の夫を持つことは許されないのは不平等」との声も。
 ナイロビで観光業を営むミルトンさん(43)は「祖父は4人の妻を持ち、一人でも言うことを聞かなければ4人を殴っていたことが耐えられなかった」と話す。「父は母に敬意を払っていた。私もそれに従いたいと思った」と一夫一婦制を支持していた。(文 舟越美夏、写真 中野智明、文中敬称略)=2010年05月26日 

「地球村」の人びとは今、何を喜び、なにゆえに悲しみ、日々の暮らしを送っているか。「@LOVE」では世界各地のラブストーリーを紹介。このほか「@コリア」「@チャイナ」「@アメリカ」「@その他地域」と五週を一クールとするこの企画では、地域ごとに主人公やテーマを立て、「今を生きる」人間模様を描く。

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「最後の妻」ジョセフィンの住む家で、妻や子、孫たちに囲まれるアクク=ケニア西部ホーマベイ近郊

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