若者を戦場に行かせない

高校訪れ新兵勧誘拒否  金メダリストの元学長

 「新兵勧誘の対象になるのは黒人やヒスパニック系移民の貧しい家庭の若者たち。彼らを戦場に行かせたくない」。ユリス・ウィリアムズ(68)は力説した。分厚いレンズの眼鏡。ひげ面。この黒人男性が五輪の金メダリストだったと知ると、多くの人は驚く。
 ウィリアムズは毎週のように、米ロサンゼルス市内各所の高校を訪れては、校舎近くで登校前や放課後の生徒にパンフレットを配っている。「安易に勧誘書類にサインしては駄目」「親や友人によく相談すること」と助言し、「軍隊に入るとはどういうことか」を若者たちに伝えるためだ。
 米国の高校には、「就職案内」のため米軍の新兵勧誘担当者が定期的に訪れる。2003年のイラク戦争以降、陸軍だけで毎年約10万人の新兵が入隊している。入隊に同意して書類にサインすると、高額の一時金が支払われる。そのため、貧困層の若者が飛び付くケースも多い。
 「学校や親からの抗議なんて日常茶飯事。校長に実力で排除されたこともある。でも、行動しなければ何も変わらない。だから続けている」

奴隷の子孫

 ウィリアムズは1941年、米南部ミシシッピ州で黒人奴隷の子孫として生まれた。両親は白人の地主が営む綿花畑の小作人。読み書きができなかった父は第2次大戦で兵役に就いた。異父きょうだい3人を含めた母子家庭同然の生活は貧困を極めた。南部の黒人差別は厳しかった。
 日暮れまで綿花を摘む家族の姿は目に焼き付き、井戸の水をくんだ手の感触は今も残っている。「死にそうに腹が減った時のことを今でも思い出す」。川でナマズを釣ったり、野ネズミを捕まえたりして食べたこともあった。
 やがて、西部のカリフォルニア州へ出稼ぎに行った父を頼り、15歳で故郷を離れた。ロサンゼルスの貧困地区コンプトンの中学校で初めて学校教育を受けた。そこで自分に思わぬ能力があることを知る。足がとびきり速かった。
 地元の高校に進学後、親身に指導してくれるコーチと出会い、才能は一気に開花。幼いころから極度に視力が悪く、競走中も眼鏡はつけたままだったが、陸上400メートルで当時の高校生世界新記録を打ち立てた。
 スカウトされた数々の大学の中から選んだアリゾナ州の大学では、62年、63年と2年連続で全米選手権を制覇した。ウサギを追って綿花畑を走り回っていた少年は、22歳で64年東京五輪の米国代表に選ばれた。
 個人種目の400メートルではメダルを逃したが、第3走者として出場した1600メートルリレーは世界新記録で優勝した。
 表彰台に上り、金メダルを授けられた時、喜びを爆発させる他の選手とは別の感情が去来した。

 「米国旗が掲げられるのを見て思ったのは、自分や家族が味わった苦労のことだった」

恩返し

 東京五輪を最後に事実上、競技人生に幕を下ろした。自分を支え、育ててくれたコミュニティーに今度は自分が恩返しをする番だと思った。「貧乏でろくに教育も受けていない若者たちのために働きたかった」
 ウィリアムズが10代のほとんどを過ごしたコンプトンは、若者がギャングに加わり、今でも犯罪率が高い。五輪後、コンプトンで若者の非行防止のための活動を始めた。貧困層の黒人たちが多く通う地元の短大で陸上の臨時コーチを務めるようにもなり、70年には短大の事務職員に採用された。
 短大での貢献が認められ、96年に学長に推されて就任した。2005年に組織の内紛に巻き込まれて退職。その2年前から始めていた新兵勧誘に対抗する活動に力を注ぐ時間ができた。ベトナム戦争の時代に、学校から戦場に行く若者たちを見たことも活動のきっかけの一つだ。
 元教師の妻サンドラ(65)とともにパンフレットを配りに訪れた高校は、ロサンゼルスの低所得者が住む地区だけでも100校は優に超える。「意見を持つだけでなく、実際に動かないと。米国はいい国になれる。そのために行動するんだ」。

デモに講演、忙しく活動

教育の道「後悔ない」

 ユリス・ウィリアムズは新兵勧誘に関する活動以外でも、日々忙しく動き回っている。オバマ大統領がロサンゼルスを訪れると聞けば、演説会場の外で移民

の権利拡大を求めるデモに加わり、移民排斥を訴える白人至上主義者の集会があれば、対抗デモに足を運ぶ。
 「自分は移民じゃないが、彼らと同じような境遇にあったから、差別される側に共感する」。ウィリアムズの自家用車のトランクにはプラカードやビラが詰まっている。
 ロサンゼルスで反核平和運動に力を入れている芥川賞作家の米谷ふみ子(79)もウィリアムズを知る一人。原爆の脅威を米国の市民に伝える催しを開いた数年前、会場を探していた際、二つ返事で当時学長を務めていた短大を薦めてくれたのが近所に住むウィリアムズだった。
 米谷は「米国では反戦運動に積極的にかかわる教師や教育関係者が多い。教え子を戦場に行かせたくないと思う人が多いのだろう」と話す。
 短大学長時代の人脈を通じ、五輪金メダリストとして高校や大学で講演を依頼されることもある。政治的な話はせず、スポーツの素晴らしさなどがテーマだ。若者の肥満問題を抱える学校側がウィリアムズを招く。
 「人を教育するのは偉大な仕事。この道を選んで後悔したことはない」。ウィリアムズの思いは揺るがない。(文 砂田浩孝、写真 茅野裕樹、文中敬称略)=2010年05月05日

「地球村」の人びとは今、何を喜び、なにゆえに悲しみ、日々の暮らしを送っているか。「@LOVE」では世界各地のラブストーリーを紹介。このほか「@コリア」「@チャイナ」「@アメリカ」「@その他地域」と五週を一クールとするこの企画では、地域ごとに主人公やテーマを立て、「今を生きる」人間模様を描く。

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大学時代に出場した陸上競技会の写真を見せるウィリアムズ。競走中も眼鏡はつけたままだった=米ロサンゼルス

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