「人間の尊厳」回復を

書店主、毎週末に講演会  文革体験が原点に

 近代的な高層ビルが林立し、活気と欲望がうずまく北京の道端に時間が止まったようにうずくまる書店がある。中国建国前をほうふつさせる古風な造りで、ふだん周囲は人影もまばらだ。だが毎週末になると、書店2階にある約150席の喫茶室は立ち見の人がでるほど埋まり、熱気であふれ返る。
 「台湾のような民主化は中国で可能か」「司法とメディアの関係はどうあるべきか」。熱心な質問が飛び交い、講師と交流の場になる。1回お茶付き20元(約300円)。
 北京はいま、ちょっとした講演会ブームだ。書店や非政府組織(NGO)が講師を招き講演会を催し、討論する。その火付け役となったのが、李世強(61)と妻の劉元生(73)が営む「三味書屋」だ。

変化球

 テーマは政治、外交、文化、経済と幅広い。呼ばれる講演者、聴衆には今の政治・社会を変えたいという改革派が多いのが「三味」の特徴だ。だが李自身はメディアや講演会で多くは語らない。
 「私の発言が過激だったら講演会場が閉鎖されてしまう。講演者が問題にされても、ここは存続できる。私が投げているのは擦辺球(ツァービエンチウ)(すれすれの変化球)」と李は笑う。
 中国共産党の一党独裁体制下では言論活動や報道に規制がある。規制ぎりぎりの「擦辺球」を投げて活動空間を少しずつ拡大していくのが改革派知識人の使う技巧だ。李は自分が黒子に徹することでこれまでにない言論空間をつくり出した。
 「三味」は中国の改革・開放路線が定着しつつあった1988年5月、当時では珍しい私営書店として開業。「国営書店はまだマルクスやレーニンの本ばかりだったから」と劉。作家魯迅が学んだ私塾の名前が由来だ。
 だが翌年、民主化運動が起きる。「三味」は自然と学生や記者ら民主化勢力のサロンになった。討論会も開かれた。約2キロ離れた天安門広場で座り込みを続ける学生たちに水や物資を差し入れた。「運動は改革・開放路線の必然的な結果。学生の行動は過激だが、考え方は正しいと思った」。いま講演会に招かれる知識人にも当時からの知り合いが少なくない。
 天安門事件の武力弾圧があった6月4日は部屋の中で無数の銃声を聞いた。まさか発砲との意外感、続いて国民を敵扱いしたことへの憤り、最後に絶望感が襲った。祖国を捨てる仲間もいた。だが「踏みとどまって自分のできることをしよう」。書店は2週間後に再開。93年、2階建てに改築し、本格的な講演会や音楽会を始めた。
 90年代、中国経済は急成長し、再開発の波に「三味」はのみ込まれそうになる。地上げ屋が次々押し掛けてきた。2001年に北京五輪招致が決まると、取り壊しの危機に。講演会への警察当局の圧力も

あった。だが「三味」はしぶとく生き残り、03年から本格化した講演会は200回を超えた。収入は暮らせる程度。もうからない書店を営んで、当局の嫌がらせにも屈しない。そのエネルギーはどこからくるのか。
 「わたしは人間の尊厳を回復したいんだ。尊厳とは独立した自由な思想。民主主義はそのための手段にすぎない」

動物扱い

 李の原風景は60~70年代の文化大革命時代にある。故毛沢東主席が政治運動を発動、吹き荒れる「革命の狂気」に「おかしい」と疑問を呈したら「反動」のレッテルを張られ、「反革命罪」で7年も投獄された。監獄で後ろ手に手錠をかけられ、トイレに行かせてもらえない日々。「人間であることを否定され、動物扱いされた」。その記憶が李を突き動かす。
 出獄後、勤めていた工場で知り合った劉とは、人生観も共有するおしどり夫婦だ。
 国会にあたる全国人民代表大会開会中の3月6日、予定されていた講演会が突然、中止になった。人権問題に関し弁護士が講演するはずだった。その後、別のテーマで講演が開かれた時、李は冒頭でマイクを握って珍しく語気を強めた。
 「政府は全人代で司法改革を討議しようと宣伝しているのに、ここでは討議するなと…」。声に怒りがにじんだ。警察当局から講演にストップがかかっていたのだ。
 李の「尊厳の回復」の闘いはまだ途上にある。

広がる言論空間

 民主化運動を武力で弾圧した1989年6月の天安門事件以降、中国では政治活動が厳しく規制されているが、近年は改革派(右派)だけでなく、保守派(左派)も講演会を開くなど、市民の言論空間に広がりがみられる。週末に講演会活動の一覧を掲載する新聞もある。
 「三味書屋」が開催する講演会には右派の知識人が多いが、左派サロンとして知られているのが、北京大学の近くにある書店「烏有之郷(ユートピア)」。故毛沢東主席時代の政治を再評価したり、経済の自由化路線を批判する講演が目立つ。最近はインターネット上の発表が多く、講演会は停滞気味。
 ただ「三味」で講演会を主宰する李世強は「右とか左とかレッテル張りはしたくない。ある問題では左の人が別の問題では右のこともある」と指摘、さまざまな見方を示して参加者が「独立思考」することが重要だと強調する。
 このほか一般の書店が著者を招いてサイン会と同時に講演会を開いたり、自然保護団体が反開発をテーマに講演会を開くケースも増えている。
 意見が自由に書き込めるネット上でも言論は多様化している。講演会の中止や、書き込みの削除など上からの規制は厳しいものの、「政治的な議論が活発だった80年代に言論界の空気が似てきた」と分析する知識人は少なくない。(文 塩沢英一、写真 京極恒太、文中敬称略)=2010年04月28日

「地球村」の人びとは今、何を喜び、なにゆえに悲しみ、日々の暮らしを送っているか。「@LOVE」では世界各地のラブストーリーを紹介。このほか「@コリア」「@チャイナ」「@アメリカ」「@その他地域」と五週を一クールとするこの企画では、地域ごとに主人公やテーマを立て、「今を生きる」人間模様を描く。

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週末、「三味書屋」の2階で講演会が開かれた。今日のテーマは「権力者によってゆがめられた中国の歴史」。李世強(左)は慣れた手つきでパソコンを操り、講師を紹介する=北京市内

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