「穏やかな人」と狂気と

愛と裁きの物語は続く ヌオン・チアを語る2人

 カンボジアの首都プノンペンには、旬を迎えたマンゴーの香りが漂っていた。この国で約200万人を死に至らしめたとされるポル・ポト政権が1979年に倒れてから30年以上がたった今、特別法廷がポト派を裁こうとしている。裁きの道筋は、南国の木陰に流れる時間のように、ゆっくりと進んでいた。法廷の中でも、また外でも―。
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 雨期の盛りのころでした。夫がふと言ったんです。「わたしが逮捕されても泣かないでくれ」と。胸が締め付けられ、言葉が出ないままうなずきました。1カ月ほど後の朝、木窓から外を見ると、大勢の警察官と兵士が家を遠巻きに囲んでいました。振り返ると、夫は無言のままアイロンをかけたシャツをかばんに詰めていました。夫を乗せたヘリが飛び立つころ、約束を破り、ぼろぼろと涙を流しました。
 〈彼女の名はリー・キム・セイン。74歳。ポト派のナンバー2だったヌオン・チア(83)の妻だ。夫が2007年9月に逮捕された後も同国西部パイリンのヤシ林に囲まれた自宅で暮らす〉
 あの人と結婚したのは21歳のとき。父の勧めでした。彼は既に共産党地下組織のリーダー格。初めて会った時、農村育ちのわたしは彼の威厳に震え、顔を見ることさえできませんでした。
 新婚時代のプノンペンでの暮らしは、夫婦にとって唯一、穏やかで幸せな日々でした。夫は決して声を荒らげることのない人で「農民主体の平等な社会建設」という理想をわたしも信じていました。ポル・ポト(後の最高指導者)やイエン・サリ(後の副首相兼外相)が家に来ると、わたしの料理を「おいしいね」と言ってくれた。彼らも穏やかな人たちでした。

家族殺した相手に

 私が初めてヌオン・チアに会ったのは10年前になる。自分にも相手にも厳格さを求める様子は想像通りだった。刺し殺してやりたい衝動を抑えつつ、彼の目を見据えて言った。「私はあなたが敵とみなした階級出身です。家族はあなたの時代に殺されました。でも今、私はあなたの敵ではありません」
 ヌオン・チアも私の目をじっと見詰めて聞いていた。以来、ヌオン・チア夫妻が住む家に出入りするようになった。
 〈彼の名はコサル。45歳。物心にわたり、晩年のヌオン・チア夫妻を支えてきた。父はポト派が倒した米国寄りのロン・ノル政権の軍司令官。自分の人生を激変させたポト派について知りたいとヌオン・チアに近づいたが、『相手の心を開くことで自らの傷を癒やしたい』との思いに変わっていったという〉
 「妻には秘密だが明日、逮捕される。今夜訪ねてくれないか」。ヌオン・チアから電話を受け、夜半まで語り合った翌日、ヘリから両手を振る彼を見送った。彼は一度だけ私にわびた。「君の家族のことは申し訳なく思う。だが、自分が指示したことではないんだ」

 子どものころ「階級が違う」子とは遊ばせてもらえなかった。差別や不公正にポト派が怒り、「平等な社会」を求めたことは理解できる。彼らは「不純分子」を粛清したが、父たちも「違う考えを持つ人々」に似たようなことをした。残虐さはだれの心の中にも潜む。ポト派政権崩壊後、ポト派兵士に市民が襲いかかり、生きたまま皮をはぎ殺すのも見た。
 〈ヌオン・チアのいるプノンペン郊外の拘置所に妻リー・キム・セインは車で6時間かけ通う〉
 夫に会えるのは、週に3度。小さな窓とベッド、テーブル、テレビがある房に入り、午前8時半から午後4時まで子どもや孫たちの話をしながら一緒に過ごします。
 ついこの前のこと。帰り際、夫の様子がいつもと違うと思っていたら、わたしをいきなり抱き寄せて額に口づけをして言ったんです。「苦労ばかりかけた。たまには友だちと踊りにでも行って人生を楽しんでくれ」と。驚きました。こんなことは初めてでしたから。

電話で「踊りに」

 「コサルさん!」。ヌオン・チアの妻が弾んだ声で私に電話してきた。「踊りに行きましょう。夫が楽しみなさいって」。驚いた。資本主義的な快楽を嫌悪していた彼らの中でも、あの、最も厳格なヌオン・チアが言ったとは。「勝った」と思った。かつてこの国を支配した人間の狂気と残虐さに。私は声を上げて笑った。

秘密主義を貫いた組織

司法手続き遅れ、資金枯渇

 ポル・ポト派幹部の中でも、「自分たちは間違っていなかった」と一貫して言い続けてきたのが元人民代表会議議長のヌオン・チアだ。ポト派が徹底的な秘密主義を貫いた理由を聞いた時、「秘密主義だったからこそ革命は成功したのだ」と目を輝かせながら言い切ったのも彼だった。
 2004年、カンボジアと国連はポト派を裁く特別法廷の設置で合意。ヌオン・チア、イエン・サリ、元国家幹部会議長のキュー・サムファン、元社会問題相のイエン・チリト、トゥールスレン政治犯収容所元所長カン・ケ・イウの5人が人道に対する罪などの容疑で逮捕された。だがカン・ケ・イウ以外は、まだ起訴に至っていない。
 ポト派は原始共産制社会を理想とし、工業や貨幣制度を否定、知識人を敵視して都市住民を下放させ、極端な重農主義政策を行った。
 秘密主義に徹したポト派の指揮系統などは今も謎のままだ。特別法廷設置への評価はさまざまだが、現代史の闇に光を当てることに期待する声はある。
 特別法廷の最大の支援国・日本は既に5千万ドル以上を拠出しているが、遅れる司法手続きに資金は枯渇気味だ。(文 舟越美夏、写真 村山幸親、文中敬称略)=2010年04月21日 

「地球村」の人びとは今、何を喜び、なにゆえに悲しみ、日々の暮らしを送っているか。「@LOVE」では世界各地のラブストーリーを紹介。このほか「@コリア」「@チャイナ」「@アメリカ」「@その他地域」と五週を一クールとするこの企画では、地域ごとに主人公やテーマを立て、「今を生きる」人間模様を描く。

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カンボジア西部パイリンの自宅で、訪れたコサルと談笑する元ポル・ポト派ナンバー2、ヌオン・チアの妻、リー・キム・セイン。夫が逮捕された後の彼女の健康を、コサルはいつも気遣っている

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