差9・11のトラウマ乗り越え

自己変革した米ボート代表  40年ぶりに金メダル獲得

 40年分の渇望が、爆発したかのようだった。
 2004年8月22日、アテネ五輪のボート男子エイト決勝。米国が1964年東京五輪までの14大会で11度も金メダルを獲得した“お家芸”種目だ。40年も遠ざかっていた王座を取り戻した瞬間、選手たちは体いっぱい喜びを表現した。
 漕手(そうしゅ)の胸に飛び込むかじ取り(コックス)。限界を超えて全力を出し切り、倒れ込む者。ひときわ目立ったのが、艇首に最も近い位置でこいでいたジェイソン・リード(32)だった。揺れるボートの上で立ち上がり、両腕を天に突き上げる。「飛び込むつもりはなかったんだけど」。バランスを崩し、湖面に転落してしまった。
 身長190センチ台、体重90キロ台が普通の米代表メンバーの中で、183センチ、84キロのリードはずぬけて小柄だ。中学2年でボートを始めた時にはコックス。体格面で不利だった彼を支えていたのは「相手を打ち負かしてやるという自負心、エゴ、虚栄心だった」。そんな彼を大きく変えたのが、米中枢同時テロだった。

ちぎれた手足

 01年9月11日の朝。リードはニューヨークから約80キロ南西に離れたニュージャージー州の自宅で疲れ切って眠っていた。13歳から地元消防団に加わり、救命士、消防士として活躍、99年には21歳で団長に。その日も自殺者が出たとの通報を受け、午前4時に出動していた。
 一仕事後の眠りから母親の叫び声で目覚めた。ハイジャック機が世界貿易センタービルに突入したとテレビニュースが伝えていた。再び救急車に飛び乗ったリードは、ハドソン川を挟みマンハッタンの対岸に設営された臨時救命センターへ。500人以上の医師の配置指揮を手伝い、夜にはテロ現場に入った。
 「生存者がいれば助け出そうと懸命になった」。だが目にしたのは、ちぎれた手や足、原形をとどめない遺体ばかり。一人も生存者を救えなかった。5日後に帰宅したリードは「それまで抱いたことのなかったような絶望や不安」に襲われた。
 悪夢が眠りを妨げる。方向感覚も失いだした。「自分が弱虫で軟弱な人間だと思えて仕方がなかった」。自らを責める毎日が続く。現場の衝撃の大きさが招いたトラウマ(心的外傷)だった。

失意から復活

 自宅から車で30分の距離にあるプリンストン大の艇庫を拠点に行われている米代表の練習。95年にジュニア代表になって以来、リードの日常だった。ふさぎ込む日々から救い出してくれたのはこの「慣れ親しんだ環境」だった。
 「代表であることを、当たり前とは感じなくなったんだ」。自分の変化を感じ取った。やがて、気力を取り戻し、仲間とともに世界選手権で02年に3位、03年に2位。一歩一歩上り詰め、アテネでついに頂点に立つ。
 米代表コーチ、クリス・コルゼニオフスキ(68)は体格のハンディを克服してきたリードの「強靱(きょうじん)な精神力」を手放しで褒める。「五輪には彼のような前向きな気持ちを持つ選手が必要だから」と絶大な信頼を寄せる。だが、代表の座は保証されているわけではない。
 消防団長を辞してまでして臨んだ08年の北京五輪国内選考会では、2人こぎのペアで圧勝しながら、五輪本番では補欠に回された。「9・11、父親の死を除けば、人生で最も悲しい出来事。失意のどん底だった」
 昨年はヘルニアの手術の後、自転車で転倒して肋骨(ろっこつ)を骨折し、満足にこぐことすらできなかった。だが、今年2月、エルゴメーター(漕力測定器)を使った6千メートル漕で18分59秒と、自己ベストを18秒も更新して復活を印象づけた。
 9・11に出動した消防士は、米国では愛国心の象徴的存在。だがリードは、独善的に米国を誇るような姿勢はきらう。将来はテロ対策の仕事に就き、自らの経験を生かし、テロや事故のトラウマで苦しむ人たちの力になりたいと考えている。
 次のロンドン五輪までは、ボートに専念するつもりだが、早く家庭を持ちたいとも思っている。一緒に暮らす母親からも「プレッシャーが強まっているかな」。リードは苦笑いした。

ウォール街が最大の敵

選手引き留めが課題

 選手登録約10万人(日本は約8500人)、余暇に楽しんでいる人も含めれば約20万人と、世界屈指の層の厚さを誇る米国ボート界。だがトップ選手といえどもボートで生計を立てるのは難しい。有望な人材が次々と選手生活から去っていくという悩みも抱えている。
 米国ボート協会から支給される強化費は、リードの場合月400ドル。9年間務めた地元の消防団長は無給。救急通報受付センターとスポーツ用具店で働くが、練習時間確保が優先で、週約20時間の勤務にとどめている。選手らの生活は楽ではない。取材時にもある選手がマルチ商法まがいのジュース販売に手を出そうとして、リードらにたしなめられていた。
 代表選手の大半は名門大学のボート部出身。実業界で成功していく同窓生らを横目に、金銭面では恵まれない競技に集中するのは容易ではない。北京五輪まで男子ヘッドコーチを務めたマイク・テイティは「最大の敵はドイツなどの強豪国ではない。(有望な選手を高給で待遇する)ウォール街(金融業界)だ」という。
 コルゼニオフスキは、米ボート界を「頂上部が欠け、すそ野ばかり広く大きなピラミッド」と表現。一部の選手に資源を集中する他国の手法を「細く高い柱を立てて、ピラミッドを超えようとしている」という。競技人口こそ大きいが、トップレベルの競争では米国は不利な状況にある。(文 出口朋弘、写真 川尻千晶 、文中敬称略)=2010年03月31日

「地球村」の人びとは今、何を喜び、なにゆえに悲しみ、日々の暮らしを送っているか。「@LOVE」では世界各地のラブストーリーを紹介。このほか「@コリア」「@チャイナ」「@アメリカ」「@その他地域」と五週を一クールとするこの企画では、地域ごとに主人公やテーマを立て、「今を生きる」人間模様を描く。

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半世紀以上もボートにかかわり続けているポーランド出身のコルゼニオフスキ(左)は、カリスマ的存在のコーチ。リード(右)ら選手とは厚い信頼関係で結ばれている=米ニュージャージー州プリンストン

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