息子の日本人父どこに

捨てられないギター 宙に浮く「認知」「国籍」

 南国の風が葉を切る音と、鳥の鳴き声しか聞こえない。「ママが帰ってきたんだから相手してよ」。トウモロコシ畑に囲まれた実家で、マーリー・デラペニャ(27)は、伏し目がちな三歳の息子にほほえみかけた。フィリピン中部バンタヤン島。家には電気も水道もない。マーリーはここに住む母に日本人の血が流れる息子を預けている。
 島から船や飛行機を乗り継いで5時間の首都マニラ。繁華街のカラオケパブには、日本で働いたことのある女性たちが多い。マーリーもその一人。「あの子の父が初恋の人だったの」。彼とは山口県萩市で出会った。
 高校卒業後、中部セブ島の食堂で日給150ペソ(約300円)のウエートレスをしていたころ、日本で働けば月給5万円だと友人から聞いた。
 「家族を助けたかった」。7人兄弟の長女は、2003年に日本に渡り、愛知県岡崎市のパブで半年働いた。アパートと店を往復するだけの初めての異国の生活。「とにかくお金のためと思って」。水割りをつくり、日本の歌を必死に覚えた。
 萩市に行ったのは04年。当時20代後半だった彼は「最初は『ただのお客さん』だった」が、何度も店にやって来て、フィリピンの家族のこと、日本での仕事のつらさなど彼女の話に耳を傾けてくれた。いつもウーロン茶しか飲まない彼に、徐々に心を許していた。
 1カ月ほどして「好きだと言われた」。一緒に車で水族館に行き、公園から海を眺めた。「岡崎市のときとは違った。好きな人がいたから、何しても楽しかった」。帰国が近づくと、彼は「仕事を辞めて自分もフィリピンに行く」と言い出した。
 同じ飛行機でマニラに戻り、一部屋のマンションで一緒に暮らし始めた。かつてバンドをやっていた彼はギターを買い、料理するマーリーの横でつま弾いてみせた。「病院に行って妊娠が分かったとき、私よりも彼の方が喜んでいた」。

途絶えた電話

 だが、彼と彼の母は国際電話で何度も言い争っていた。「彼のお母さんは『フィリピン人は好きじゃない、子供はいらない』と泣いていた」。会話を漏れ聞いた身重のマーリーは心を痛めた。
 そして、彼の秘密も知った。日本に残してきた妻子がおり、妻とも電話していた。「よくある話。わたし、ばかでしょ」。ささいなことでのけんかも増えた。「日本で仕事を探して、戻ってくる」と言い残し、05年2月、彼は出て行った。
 不安の中、子供が生まれた。彼からの電話に男の子だと告げると「顔が見たい。もう少し待っていてくれ」。しかし、週に2,3度だった彼からの電話は月に1度になり、やがて途絶えた。
 息子を連れて帰省し、彼とのことを初めて親に打ち明けた。「逃げられちゃった」。がんに侵されていた父は「そうか」としか言わなかった。

母は「わたしたちの初孫。父親が日本人で、どこか遠くにいてもかわいい」と喜んでくれた。孫の姿に目を細めていた父は、半年後に亡くなった。

あの川沿いの道で

 父の死と息子の誕生。「弟や妹の学費もあるし、夜の仕事を続けるしかなかった」。07年、もう一度日本に行った。島根県益田市のパブ。迷った末、彼を捜して萩市を訪れることにした。店はまだあったが、店員は「彼はもう来ていないよ」。消息を知る人はなく、彼に寄り添って歩いた川沿いの道に立つと切なくなった。「こんな所で何してるんだろう。もう国に帰ろう」。3カ月でフィリピンに戻った。
 日本では昨年12月の改正国籍法成立で、日本人男性と外国人女性との間の婚外子も、父親が認知すれば日本国籍が取得できるようになった。マーリーと同じ境遇の女性たちにも、そのニュースは知られ始めている。
 「子供のために認知してほしい。でも、どこにいるのか…」。マーリーは、友人5人と暮らすマニラの狭いアパートでつぶやいた。部屋の隅には、彼のギターと服が入ったスーツケースがあった。「なんでだろう。捨てられないの」。髪を束ね、化粧を始めながら彼女は言った。

編集後記

日比婚外子、推定で数万人

 「ニンチがあれば、日本で暮らせるんでしょ」。マニラの繁華街で働くマーリーのような境遇の女性たちは、子供の日本国籍取得を望む理由に「日本での就労」を挙げた。

子供が国籍を得れば、養育者として日本に住み、働くこともできる。
 日本人男性と外国人女性の間に生まれた子は、両親が婚姻関係にない「婚外子」の場合、国籍法の規定で、原則として日本国籍の取得はできなかった。しかし、最高裁が昨年、「法の下の平等に反する」として規定を違憲と判断。父が認知をすれば、すべての婚外子が国籍を得られる法改正が実現した。
 民間非営利団体(NPO)「新日系人ネットワーク」によると、「日比婚外子」をフィリピンで育てている女性は推定で数万人に上る。
 フィリピンから日本への「芸能人」資格での出稼ぎは、日本側の規制強化で近年、激減したが、最も多かった2004年には約8万5千件に達していた。
 ほとんどは若い女性で、日本滞在中にさまざまなカップルが生まれたことが婚外子増加の背景にある。大半は認知を受けておらず、マーリーのように父の連絡先も分からないケースが多い。
 ある女性は「子供の認知を業者に頼んだ」と打ち明けた。認知の仲介で金をだまし取ったり、実際には関係のない人物を父親とする「偽装認知」を行うブローカーの暗躍も懸念されている。(文 田島秀則、写真 村山幸親、敬称略)=2009年02月11日

 「地球村」の人びとは今、何を喜び、なにゆえに悲しみ、日々の暮らしを送っているか。「@LOVE」では世界各地のラブストーリーを紹介。このほか「@コリア」「@チャイナ」「@アメリカ」「@その他地域」と五週を一クールとするこの企画では、地域ごとに主人公やテーマを立て、「今を生きる」人間模様を描く。

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フィリピン中部バンタヤン島にある実家の庭で、食事の準備をするマーリー・デラペニャ。仕事があるため、なかなか帰省できない。最愛の息子と過ごす貴重な時間だ

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