アジアのスター育てる!

中国、ハリウッド目指し  日本に学んだ女性社長

 出演を前に舞台脇で歌の練習を繰り返す日本人女優、田中千絵(28)。突然、台湾の事務所社長兼マネジャーの陳雅トウ(ちん・がとう)(レベッカ・チェン)(38)が、田中の手を引いて舞台裏に下りた。あわてるイベント主催者が追い掛け、肩をつかむ。レベッカは無言で顔を紅潮させ、田中を連れ去ってしまった。
 台湾北東部の宜蘭県。1月末、パイプいすを並べた県立体育館で開かれたチャリティーイベント。小雨の中を集まった住民は有名スター、田中のドタキャンに驚いた。
 「観客には申し訳なかったと思う。でも、あの日、千絵は朝から仕事。翌日も早いので、早めに出演するという条件で仕事を受けたのに、どんどん後回しにされた」。主催者はスターの田中を何とかしてトリに回したかったようだ。レベッカは田中の健康と“ブランド”を守るため、強引なやり方を許さなかった。
 2008年に台湾で大ヒットした映画「海角七号」の主演を務めた田中は、レベッカが体を張って育ててきた。今年は台湾ドラマや中国映画でも主演となり、「アジアのスター」の道を歩む。
 田中には忘れられない光景がある。ある朝、台北の事務所に出ると、レベッカが前日と同じ服で机に突っ伏していた。07年12月に「海角七号」の撮影を終えた後。だが制作者の資金が尽きたため、映像の編集ができず、上映できなくなるかもしれなかった。レベッカはスポンサー探しのため、事務所に泊まり込み、宣伝用の企画書を作ったり、知人に借金や前売りチケットの購入を申し入れていた。
 「千絵の台湾デビュー作だから、なんとしても成功させたかった」と言うレベッカ。借金を何度断られても、あきらめず、1日に約50人に頭を下げたこともある。そんな日が何日も続いた。

社長さん

 真摯(しんし)で温かい人柄を慕い集まってきた日本人タレント7人を抱える。日本で女性グループのリーダーとして歌っていた30代の西田恵里奈(にしだ・えりな)は07年秋、台湾に来て、すぐに事務所回りを始めたが、「中国語はできるの?」「今は台湾にも日本人タレントは多いからね」と冷たい反応ばかり。「初対面で、ちゃんとタレントとして扱ってくれたのはレベッカだけでした」
 ことし3月初め、事務所を訪れると、タレントたちが演技指導のレッスンを受ける部屋の外で、レベッカ自らが、モップを持って、一人黙々と掃除をしていた。
 「業者に頼むお金があれば、タレントのレッスンに使う。事務所が汚くなれば、気付いた人が掃除すると決めている。わたしもやります」。社長が先頭に立って行動すべきだ、と学んだのは日本での経験からだ。
 1996年から約10年間、日本に滞在。通訳などをして中小企業の「社長さん」たちに多くを教えられた。ある日、自動車部品会社の社長らと、車の解体

現場に行った。「社長さん」が先頭に立ち、手が汚れても、自分でエンジンを手に取って、品定めしていることに感動した。

夢は世界へ

 華流ブームで台湾人スターが日本で売れるのを見て、「まじめで頑張り屋の日本人ならもっと売れる」と考え、日本で埋もれたタレントを発掘、台湾で売り出そうと事務所を開いた。「たくさんの日本人にお世話になったから、恩返しのために日本と台湾の懸け橋になりたい」
 海外で家族と離れて暮らす寂しさを思い、週末はタレントを食事やドライブに連れて行く。一方で、アジアで活躍できる国際スターの育成を目指し、中国語や演技には厳しい注文を付ける。「マネジャーだけれど、友人であり、姉であり、母です。親身に接してくれるし、厳しさも私を育ててくれたと感じます」と田中。
 「タレントたちには、日本から仕事の声もかかるようになった。でも中国語で仕事ができるようになったのだから、より大きなマーケットの中国を狙いたい」と言うレベッカ。今年は北京事務所を設ける。「米国映画がアジアで協力するのは中国。アジアのスターとして中国に受け入れられれば、ハリウッドにも近づく」。夢は果てしない。

日本人タレントは100人 強い親近感が背景

 台湾でタレントとして活動する日本人は「モデルも含め約100人」(台湾在住の日本人俳優、蔭山征彦と意外に多い。

 最も目立つのは女優、田中千絵。主演のアイドルドラマ「星光下的童話」も始まり、1月末にドラマの宣伝のため選挙用の車に乗り、台北市内を駆け巡ると、あちこちで声援を浴びていた。
 沖縄出身の千田愛紗は2000年に台湾のテレビ番組の企画で結成された日本人美少女ユニットのメンバーとしてデビュー。現在は人気グループ「大嘴巴(ダーツイバー)」(ビッグ・マウス)で、女性ボーカルを務め、08年には台湾のグラミー賞と呼ばれる金曲賞の最優秀グループ賞を受賞した。
 夏ごろにはCDデビューする予定の西田恵里奈にも既に熱心なファンたちがいて、出演するイベントには、必ず駆け付けてくる。
 日本人タレントがこれだけ活動できる背景には、台湾社会の日本人への強い親近感がある。映画やドラマに、日本人ビジネスマン、留学生がよく登場し、日本人との国際恋愛もののドラマもある。日本人というと、抗日戦争時の軍人役が定番の中国とは大違いだ。
 田中や千田のように活躍しているタレントはまだ少数だが、昨年のドラマで日本人役ではなく、台湾人役を演じた蔭山や、日本人として初めて台湾映画の監督を務めている北村豊晴ら日本人の活動の場は広がっている。(文 太安淳一、写真 岩崎稔、文中敬称略)

 「地球村」の人びとは今、何を喜び、なにゆえに悲しみ、日々の暮らしを送っているか。「@LOVE」では世界各地のラブストーリーを紹介。このほか「@コリア」「@チャイナ」「@アメリカ」「@その他地域」と五週を一クールとするこの企画では、地域ごとに主人公やテーマを立て、「今を生きる」人間模様を描く。

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台湾北東部・宜蘭県の体育館でチャリティーイベントに参加し、舞台で歌う西田恵里奈=1月

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