失われたきずな求めて

ドイモイを駆け抜けた男  ろうそく工房が夢

 サイゴン川の上に朝日が昇ると、けたたましいクラクションの音がホーチミン市を包む。バイクの洪水は1986年に始まったドイモイ(刷新)政策による急速な経済成長の象徴だ。70年代、ベトナム戦争の爆音が消えた街で、庶民の足は自転車だった。
 交通手段の変化は「セブンX(エックス)」と呼ばれる70年代生まれから、80年代生まれの「エイトX」への世代交代を示している。
 「二つのXの間には深い溝がある。セブンXは戦争の影をひきずりがちだが、エイトXの私は、いつまでも祖国が戦争のいけにえとみられることに抵抗があるのです」 外資系企業の経営コンサルタント、トラン・グエン(29)は語る。おとなになって歩き始めた「戦争を知らない子供たち」が、社会の第一線に躍り出ようとしている。

新しい風

 トランは中部の中核都市ダナンで生まれた。父も母も地元の名士で、暮らしは豊かだったが、多忙を極め、ともにがんに倒れた。
 小学生だったトランは幼い妹を連れてホーチミンの親せきを頼るが、生活費は自分で稼がねばならなかった。学校が終わると市場の路上で化粧品や下着を売った。
 人見知りする性格だった。「でも、必要に迫られて客と話すうちに、コミュニケーションの面白さに引き込まれていきました」
 歌手のコンサートで、ダンサーをした時もあった。ドイモイが始まってまだ間もないころ。新しい時代の風が、街にも少年の心にも吹いていた。
 働きながら学び、特待生待遇で大学に進み、有力紙トイチェの記者に。持ち前のがんばりで、初代のインターネット版編集長に抜てきされた。
 変化に揺れる社会は情報に飢えていた。政治、経済、文化から情報技術まで、あらゆる分野を仲間とこなした。「家にほとんど帰れず、仕事場に泊まり込む日々でした」
 若くして多忙な人生を終えた両親のことが、頭をよぎることがあった。数年で新聞社を離れ、自分の時間をもつようになった。路上の物売りから一流紙幹部まで一気に駆け抜けたキャリアに一つの区切りをつけた。
 われに返って見えてきたのは「経済成長の中で、ばらばらに暴走する人と企業の群れ」だった。
 旧正月を前に、ホーチミン市内のエイズ孤児施設に、Tシャツを着たトランの姿があった。最近は顧客企業の援助をこうした施設につなぐ活動に力を注いでいる。
 この施設を自力で立ち上げたフォン神父(33)は「去年50人だった収容児が、ことしはもう65人。両親がエイズで死んだり捨てられた子どもたちです。これからもっと増える。施設の拡充が必要」と言う。猛烈な発展から置き去りにされる人々が増えているのだ。
 トランは語る。「利益を社会に還元したくても、どうし

てよいか分からない経営者が多いのです。社会の富を人と結びつけ、ベトナムの農村社会にあった豊かなきずなを取り戻したい。市場の路上で覚えた対話の技術が役に立っています」

10年後の夢

 翌日、市中心の高級ホテルに、今度は背広姿のトランがやってきた。若い企業家のためにシンポジウムを催したのだ。テーマは「いかに協力するか」。
 「エイトX」が次々に生み出す企業には躍動感がある。しかし、それぞれの個性や力をまとめ、大きなプロジェクトを組織する経験に乏しい。人材養成も成長の速度に追いつかない。
 トランは若いベトナム経済の光と影を見定め、司会者として次々に発言を引き出してゆく。
 目まぐるしい一日が終わった。自宅に戻ると夜9時を過ぎていた。ろうそくに灯をつけ、部屋の電灯を消した。炎を見つめ心を鎮める。
 少年時代から、ろうそくの不思議な魅力に取りつかれた。いつの間にか、自分でろうそくをつくるようにもなっていた。
 30歳前に時代を走り抜けた男には「夢」がある。40歳までに第一線を退き、仲間が集うためにバーを開く。ろうそく工房もつくる。自分を見つめ、人と人をつないで生きていこうと考えている。(共同通信編集委員、松島芳彦、文中敬称略)

今も残る戦争の傷跡 生活楽しむ中産階級

今も残る戦争の傷跡 生活楽しむ中産階級

 ホーチミン郊外に、野外で食事ができる新しい施設ができて、週末は家族連れでにぎわう。食べ放題の

料金は日本円で千円ほど。月収3万円の庶民にも手が届く。生活を楽しめる中産階級が増えているのだ。ステージではベトナム戦争に反対した国民的な作曲家チン・コン・ソンの歌を歌っていた。「手を携えて」「一人歩めば」…。この国では誰でも知っている名曲にトランも声を合わせた。
 「アルバイトでステージダンサーだった時、歌手が遅刻すると私が歌わされたものです」
 チン・コン・ソンの命日には3千人もが追悼コンサートに集まるという。トランのような戦後世代にも、国際政治と戦乱に傷ついた民族の記憶は、歌を通して受け継がれている。
 市内のツーズー病院には、米軍の枯れ葉剤のために重い障害を背負って生まれた約60人の子どもが暮らしている。
 病院でしか生きていけない子か、親に捨てられた子たちだ。枯れ葉剤の影響を受けた障害児は今も生まれ続けている。その数は軽い障害を含めると年間40万人という説もある。
 戦争の傷跡は、成長の陰で普段は見えにくい。しかし、経済発展が未来との対話なら、過去との対話は成熟への営みだろう。それも「エイトX」世代に託された大切な仕事ではないか。(文 松島芳彦、写真 村山幸親、文中敬称略)=2010年03月10日 

「地球村」の人びとは今、何を喜び、なにゆえに悲しみ、日々の暮らしを送っているか。「@LOVE」では世界各地のラブストーリーを紹介。このほか「@コリア」「@チャイナ」「@アメリカ」「@その他地域」と五週を一クールとするこの企画では、地域ごとに主人公やテーマを立て、「今を生きる」人間模様を描く。

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新車や流行のファッションなどに興味がないトランの、唯一の趣味がろうそく。時間に追われた一日の終わり、揺らめくろうそくの炎を見つめていると、自然と心が落ち着くという=ホーチミン

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