差別も笑いにする強靱さ

「人種のるつぼ」で格闘  皿洗いからステージへ

 「次はアジアから来たコメディアンだ。何と日本出身。リオ、どうぞ」。深夜、米ニューヨーク・ブロードウェーのコメディークラブ。地下の薄暗いステージで約250人の観客を前に、司会のクリスの声がひときわ高く響いた。
 ジーンズにTシャツ姿でマイク片手に飛び出してきた細身の男がリオこと小池良介(42)。ブロードウェーで唯一の日本人コメディアンだ。「ハーイ。日本人を見るのは初めて? わけない? タイムズスクエアに行けばツーリストがいっぱいいるって。そりゃそうだ」
 しゃべりは軽快かつ明解だ。観客は白人、黒人、ヒスパニック、アジア系とさまざま。白人のグループもいればアジア系の女性のカップルもいる。観客の反応を見ながらトークを進めていくのがコツだ。「出身どこ? インド人いる? インド人って本当にけちだよね」とちゃかすと、どっと笑いが起きた。
 観客の人種や性までネタにし、移民国家、米国の現実を色濃く反映しているとされるスタンダップコメディー(漫談)。下積みからはい上がってきた小池はまさに「人種のるつぼ」の中でコメディーとの格闘を続けてきた。
 愛知県西尾市出身の小池は大学時代に社交ダンスの学生選手権で準優勝するなど名をはせた。世界一のダンサーになろうと志し、1993年に渡米するが挫折。その時、出会ったのがスタンダップコメディーだった。「芸能学校でコメディーのクラスに出たら英語もろくに話せない私の芸が受けたんです。天才じゃないかと思い込んだ」

英語との戦い

 一度、帰国し97年に再渡米、本格的にコメディアンを目指した。しかし道は平たんではない。「コメディークラブに飛び込んで見習いです。皿洗い、トイレ掃除、使い走り、何でもやりました。そのかわり休みが出たときの代役などをやらせてもらう」。基本的に無給で、5年間で稼いだのはわずか100ドル。
 同時に英語との戦いが待ち受けていた。もともと英語は得意ではなく、最初はほかのコメディアンが舞台で何を言ってるかも分からなかった。テープにとり何度も聞き返す。英語学校、通信教育。よいと言われることは何でもやった。
 小池のアドバイザー役を務めるトム・マーフィ(45)は「もともと面白いやつだから成功すると思っていた」と話す。小池はネタをつくると必ずトムに見てもらう。「日本人と米国人では笑いのツボが違う。トムが笑わないネタは大抵ダメ」。米国の文化に詳しくない分、ニュースなどを懸命に聞き、ネタに時事問題を積極的に取り入れた。
 時代も味方した。ブッシュ米政権下の「テロとの戦い」で暗い世相の中、どこのコメディークラブも盛況。さらに白人だけ、黒人だけという特定の人種を対象にしたコメディーもあきられていた。スラングをほとんど使わず、なまりの少ない英語で身近な時事問題を取り上げる小池のコメディーが新鮮さから次第に注目されるように。

ギャラ交渉

 転機が来たのは2002年だった。コメディー番組の予選で準決勝まで勝ち残り、見事にTV出演を果たした。この時にプロと認められたと小池は言う。「自ら線を引きました。ギャラをもらわないと出演しないってね」
 しかしプロになればなったで苦労もある。代表的なのがギャラ交渉だ。相手にするのは交渉上手で知られる海千山千のユダヤ系や中東系のオーナーやマネジャーたち。「100ドルのギャラを上げさせたいと思ったら、まずは200という。向こうははじめ125だが、じゃ150だと。ねばって175で決着。この駆け引きは笑えませんね」
 09年夏にはコメディー専門のケーブル局への出演を果たした。メジャーまであと一歩だ。しかし油断は大敵だという。「僕も上を目指していますが、一方で今いる私の席を虎視眈々(たんたん)と狙っているやつらがいる。弱肉強食の実力社会。まさに米社会の縮図ですね」。日本人への差別も当然ある。「ステージでほかのコメディアンから長いぞとか、引っ込め日本人って言われることもあります。しかしそれをギャグにして返す強靱(きょうじん)さがないとね」と笑った。

不景気でもコメディー盛況

客層変化、アジア系も

 米国では不景気が続く中、コメディークラブだけは盛況だ。10ドル~20ドル(900円~1800円)の入場料とドリンク代だけで楽しめる庶民の安価で手

軽な娯楽となっており、ニューヨークのクラブでは行列ができるところも少なくない。小池良介は「失業率が9%とか10%とか言っている時に僕らは忙しくて悪いみたいだ」と笑う。
 人気の上昇とともに客層も変化。従来の白人に加え、黒人、ヒスパニックやアジア系の客が増え「白人のお客さんの喜ぶ話をするだけではダメ。観客の人種に配慮し、様子をみながら即興で話を作っていかねば」。
 客に白人と黒人のカップルがいれば「(白人と黒人のハーフのオバマ米大統領を念頭に)将来、子供は大統領にするの?」と質問する機転が受けるという。
 小池と親しいコメディアンのエクシーン・ロフグレンは「コメディークラブには人種も年齢も性別も文化も異なるお客が来る。これこそ移民国家、米国であり、米国の変化と成長とともにコメディーの姿も変わる。リオはその代表選手だ」と分析する。
 コメディーのネタも同じだ。とくに2006年の米のコメディー映画「ボラット 栄光ナル国家カザフスタンのためのアメリカ文化学習」の与えた衝撃は大きく、以前では「タブー」だった白人女性をちゃかしたり、黒人男性の性をからかうようなギャグも受け入れられつつある。(文 小林義久、写真 レベッカ・デービス、文中敬称略)=2010年02月24日 

「地球村」の人びとは今、何を喜び、なにゆえに悲しみ、日々の暮らしを送っているか。「@LOVE」では世界各地のラブストーリーを紹介。このほか「@コリア」「@チャイナ」「@アメリカ」「@その他地域」と五週を一クールとするこの企画では、地域ごとに主人公やテーマを立て、「今を生きる」人間模様を描く。

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「ダンスも踊れるよ。ほら見て」。米ニューヨークのコメディークラブで、体を張った小池のステージは大人気だ

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