自然と豊かな土地守れ

環境NGO、住民と連携

 澄み渡った空の下、青緑色に輝く一筋の川が谷間を縫う。河岸には農地が広がり、草が風に揺れる。中国の母なる川、長江(揚子江)上流の金沙江。2004年、雲南省を流れるこの川にダムをつくり、下流の8カ所に水力発電施設を建設する計画が表面化した。

目覚め

 計画された虎跳峡(こちょうきょう)ダムの予定地は、自然に恵まれた豊かな土地。しかも周辺は03年、国連教育科学文化機関(ユネスコ)の世界遺産に指定されたばかりだ。「移転を強いられる地元の住民10万人はどう思っているのか」。中国国営ラジオ、中央人民放送の女性記者、汪永晨(おう・えいしん)(55)はとても気掛かりだった。
 記者の傍ら1996年、北京で環境NGO(非政府組織)を設立し、全国のダム建設現場を調べ歩いた。「ダムが生活を豊かにするという地元のスローガンは、絶対ではない」。なけなしの補償金を手に、移転先で苦しい生活を送る多くの農民を見てきた。
 汪は虎跳峡ダムができれば水没するはずの石鼓鎮に農民、楊学勤(よう・がくきん)(44)を何度も訪ねた。そのたびに「ここは水も空気もおいしい」と笑う汪と話すうち、移転で補償金がもらえると喜んでいた楊は目が覚めた。「農民の自分にとって今ある土地が一番なのだ」
 石鼓鎮対岸の金沙江鎮に住む葛全孝(かつ・ぜんこう)(62)も故郷への愛着を高めていく。「ナシ族、リス族、白族…。ここには多くの少数民族が仲良く暮らす。中央政府が掲げる『調和社会』の見本。ダム建設で無くなっていいはずがない」。村人が数人集まれば葛の演説が始まる。小さな飲食店を営む葛の弁舌にも磨きがかかる。
 2006年2月、意気投合した葛と楊が両岸でそれぞれダム建設反対の署名を集め始めた。「じいさん、ばあさんたちが自ら進んで署名した。1万人分がすぐ集まった」と葛。署名した金沙江鎮の農民の女性(71)は「米は二期作、トウモロコシもいっぱいとれるし、豚や牛もたくさん飼える。ここを離れたくない」。署名は温家宝首相あてに送られた。

衝突

 建設反対の機運が最高潮に達した06年3月、事件は起きた。金沙江鎮の村民らが川のそばで測量している作業員5、6人を見つけた。「何やってんだ」「出て行け」。村人が続々と集まり、約千人が作業員を取り囲む。ダム建設準備の測量に違いなかったが、作業員たちは身分を明かさない。怒った村人たちが測量機器を壊し、殴りかかる。作業員は負傷した。

 慌てて駆けつけた地元政府の役人が言った。「みんなが反対するなら、ダムはつくらない。落ち着いてくれ」
 事件は偶然だったが、地元政府は「あおったのはおまえか」と葛を責め、「首謀者」探しに懸命になった。その後、作業員の姿は見えなくなったが、地元政府は補償金として1年分で1人当たり600元(当時約9500円)を20年間払うと村人たちに提示。懐柔の手が緩むことはなかった。
 そんな中、昨年6月、ニュースが飛び込んだ。中央政府が、8カ所の水力発電施設のうち、下流で既に着工した竜開口など2カ所の工事休止を命令。環境影響評価(アセスメント)を経ていないというのが理由だった。反対運動を始めて5年。「中央政府が動いた。これで虎跳峡ダムもつくられることはない」。葛や楊は喜んだ。
 だが、電力会社はしたたかだった。汪は昨年12月、仲間の記者らとともに竜開口の建設現場を訪れ、目にした光景にあぜんとした。取り付け道路を行き交うコンクリート・ミキサー車や、林立するクレーン…。休止命令は解除されていないはずなのに工事は着々と進んでいたのだ。「正式着工前の『準備工事』と称した言い逃れ。よくあることよ」。虎跳峡ダムの建設計画も黙っていれば、いつ再び動きだすか分からない。汪や反対住民は気持ちを引き締めた。
 汪は「わたしは決してダム反対論者じゃない。問題は住民の意見を政策決定にどう反映させるかだ」と力を込める。政治的に敏感な言葉を使うことを慎重に避けながら、目指しているものは「民主化」そのものかもしれないと感じた。

世界の半数が集中

運動で計画見直しも

 豊富な水資源に恵まれた中国は世界有数のダム大国だ。しかし近年、住民や環境NGO、メディアが環境や文化面から拙速なダム建設計画に疑問の声を上げ、計画が中止や見直しに追い込まれるケースも目立っている。
 国際組織、世界ダム委員会が2000年に発表した統計によると、高さ15メートル以上の大型ダムは世界に約4万8千あるが、ほぼ半数の約2万2千が中国に集中。地球温暖化対策から火力発電の比率を減らすため、中国では水力発電用のダムを増やそうとの流れも強まる。
 一方で世界遺産の水利施設「都江堰」(四川省)の上流に計画されたダムは、建設されれば都江堰の文化遺産としての価値がなくなるとして中国メディアが反対。03年に中止に追い込まれた。
 雲南省の怒江(サルウィン川)に水力発電ダムをつくる計画も、環境NGOの反発を受け中央政府が04年に計画の見直しを指示している。
 ただ中央政府が環境評価手続きを厳密化するなど開発一辺倒の流れに歯止めをかける一方で、電力会社や地元政府はダム建設を強力に推進する。
 NGO「雲南省大衆流域管理研究普及センター」の于暁剛代表は「雲南省の場合、ダム建設は地元の域内総生産(GDP)の数字に直結する。『高低差のある川の水をそのまま海に流すのはもったいない』という考え方も根強い」と話す。(文 渡辺靖仁、写真 京極恒太、文中敬称略)

「地球村」の人びとは今、何を喜び、なにゆえに悲しみ、日々の暮らしを送っているか。「@LOVE」では世界各地のラブストーリーを紹介。このほか「@コリア」「@チャイナ」「@アメリカ」「@その他地域」と五週を一クールとするこの企画では、地域ごとに主人公やテーマを立て、「今を生きる」人間模様を描く。

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虎跳峡ダムの建設予定地、石鼓鎮の町並み。楊学勤によれば「ダムができれば、右側に見える斜面の中腹までが水没し、瓦ぶきの家屋や田畑はすべて消える」という=中国雲南省

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