悲しみ越え、境界渡る

「叫びの丘」で愛はぐくむ  離散家族のきずなは強く

 色あせた写真の中でピンクのウエディングドレスを着た17歳のニバルは泣き顔を見せていた。隣には父のマジド、反対側には今は亡き母サルワ。20年前、当時24歳の夫サイードのもとに嫁ぐ前日のニバルの姿だ。
 花嫁の涙には特別の理由がある。ニバルの住むゴラン高原は、1967年の第3次中東戦争でイスラエルがシリアから占領した地。敵対する両国には国交はなく、結婚してサイードのいるシリアに渡り国籍を取れば、二度と故郷アインケニエには戻れないからだ。

一目ぼれ

 ニバルとサイードはいとこ同士。占領で離散したイスラム教ドルーズ派の家族再会をイスラエルが初めて認めた88年、シリアにいる弟に会いに行った父に付いて、ニバルは生まれて初めて停戦ラインを渡った。「父からいつも聞かされていた土地や親せきたち。夢の中にいるようだった」
 小さな山村に暮らすニバルに、シリアの大都会ダマスカスは宝石のように輝いて見えた。
 サイードはニバルといういとこがいることを知っていた。「気立てがよく、家族思いの娘と聞いていた」。結婚するなら同じ親せきからと決めていたサイードはニバルに一目ぼれをした。
 一方のニバルは、初めて会う前から「きっとこの人と結婚する」という予感があったと明かす。まじめで誠実と評判のサイード。結婚によって家族と別れるつらさや不安は彼と言葉を交わすうちに消えていった。
 「この人の胸になら飛び込んでいける」。確信が強まる中、独りで下した重い決断。家族はその思いを受け止め、笑顔で悲しみをのみ込んだ。

元気か!

 ゴラン高原には「叫びの丘」と呼ばれる場所がある。分断された家族の無事を確かめるため、境界にまたがる谷を挟んで拡声器で叫び合う。
 婚約した2人が1年後の結婚まで会えるのは「叫びの丘」だけだった。「元気か!」「元気よ!」。相手の表情がかすかに動くのが見える。思いばかりがあふれ、他に言葉が出て来ない。2人は同じやりとりを繰り返すばかりだった。
 8月のよく晴れた結婚式の日。停戦ラインの両側に双方の親せきが集まった。ニバルは父と母が静かに泣いていることに気付いていた。「その時の両親の涙は今でも忘れない」。気持ちを振り切るように一歩踏み出したニバルを見送りながら、両親はそこに立ち尽くしたままだった。
 結婚直後、湾岸戦争に参戦したシリア軍の予備役兵として、サイードにサウジアラビア戦線への従軍命令が下った。「あの時が一番つらかったわ」。ニバルは、頼りにしていた夫が不在だった7カ月半を振り

返った。

引き裂く戦火

 実はサイードも同じアインケニエの生まれだ。第3次中東戦争の時はわずか3歳。母や姉らとダマスカスで兵役に就いていた父の元に渡った。当時の「イスラエル軍の砲撃の音を今も覚えている」。ニバルの父マジドを含め、同じく軍務でダマスカスにいた父の兄弟はアインケニエに戻ったが、イスラエルの占領下に置かれ、家族は引き離された。
 ゴラン高原に住む約2万人のドルーズ派はシリアへの強い帰属意識を持つ。81年、イスラエルがゴラン高原を一方的に併合した際もほとんどはイスラエル国籍の取得を拒否した。
 サイードは9人きょうだい。下の妹2人はニバルとは逆に、シリア側からゴラン高原の親せきの元に嫁ぎ、そのうち1人はニバルの弟と結ばれた。
 二度と戻れない境界を越えて結婚し合うのはなぜなのか。サイードは「占領で離れ離れになった家族のきずなを強めるため、そして自分たちの土地とのつながりを保つためだ」と言い切る。
 戦争に翻弄(ほんろう)されてきたサイードやニバル、その家族たち。戦略の要衝、ゴラン高原の返還をめぐる和平交渉に光は見えず、停戦監視を行う日本の自衛隊などの国連平和維持活動(PKO)部隊が今も展開する。
 「40年以上もたってしまったが、故郷には変わらない。命尽きようとも一歩でも足を踏み入れ、土地の手触りを確かめたい」。サイードは緑あふれるアインケニエの写真を胸に抱えた。

「昔に戻っても彼女と」

ネット発達で連絡は容易に

 サイードは今、ダマスカス郊外の住宅地で小さな仕立屋を営む。子供は男の子ばかり3人。一番上の16歳の長男は美容師を目指す。ニバルはボタン付けなどの仕事も時に手伝い、家庭は安定しているようだ。
 占領地とシリアを結ぶカップルは2009年、日本でも公開された映画「シリアの花嫁」でも描かれた。最近はインターネットの発達で占領地との連絡は容易になり、「叫びの丘」に行くことも少なくなっている。
 ニバルは09年9月、赤十字国際委員会(ICRC)の仲介で実現した巡礼団の一員としてシリア訪問を許可された父マジドと8年ぶりに再会。これ以外にヨルダンで親せきと会う機会もある。
 それでもシリアとイスラエルの「雪解け」が実現しない限り、ニバルが故郷の土を踏むことは二度とない。4年前、心臓発作で母が急死したときも葬儀には出ることはかなわなかった。
 裸電球のともる居間で近くに住む親せきと夕食を囲んでいると停電になった。「愛しているなんて人前で言えないさ。でもそういう気持ちがなかったら結婚なんかしていない」。暗闇の中でサイードが打ち明けると、わっと皆がはやし立てた。
 結婚から20年。髪に白いものが交じるようになったサイード。ふくよかになったニバル。「昔に戻っても彼女と結婚したと思うよ」。その言葉を聞いたニバルのうれしそうな顔がランプの光に揺れていた。(文 島崎淳、写真 武隈周防、文中敬称略)=2010年02月10日

「地球村」の人びとは今、何を喜び、なにゆえに悲しみ、日々の暮らしを送っているか。「@LOVE」では世界各地のラブストーリーを紹介。このほか「@コリア」「@チャイナ」「@アメリカ」「@その他地域」と五週を一クールとするこの企画では、地域ごとに主人公やテーマを立て、「今を生きる」人間模様を描く。

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結婚当時の写真を手に、シリアとイスラエルの停戦ラインに立つニバル(左)とサイード。20年前、ニバルは両親の涙を背に、故郷からつながる道(後方)を歩いてサイードのもとに嫁いできた

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