芸術に青春懸ける新人類

作家、俳優、歌手の3役  真剣さとあどけなさ

 「執筆の喜びと苦しみは半々。小説の世界は一人で支配できるけど、それを人が認めてくれるかどうかは別だから」。北京に住む田原(ティエン・ユエン)(24)は作家、映画俳優、歌手の3役をこなす多才な女性。相手を見詰める大きな瞳とひとなつっこい笑顔が印象的だ。その表情から、青春の全エネルギーを懸けて芸術を極めようとする真剣さと、少女のあどけなさがのぞく。

16歳でデビュー

 中国中部の地方都市、武漢。田の故郷であり、創作活動の原点を訪ねた。旧租界の洋館が立ち並ぶ古い街並み、すすきが茂る長江の河原。田は2002年、進学校在学中の16歳の時、ギターの先生に誘われてバンド「ホップスコッチ(跳房子)」のボーカルとしてCDデビュー。得意の英語で作詞、作曲もした。「子供のころはあまり人と話さず、本ばかり読んでいた」。同年、夢をそのまま描いたような初の小説「ゼブラの森」を出版した。
 04年には香港映画「胡蝶」に出演し、香港の最優秀新人賞を受賞した。女性同士の恋愛をテーマにした映画で、背景には1989年、中国軍が民主化運動を武力弾圧した天安門事件も描かれた。大胆なベッドシーンもあり、中国では今も上映が認められていない。
 甘く気だるい田の歌声と幻想的な小説に魅せられた女性監督の麦婉欣(ヤンヤン・マク)が武漢まで来て熱心に出演を依頼。田は「すばらしい監督を信じた。思い込んだら突き進む性格で、出演に何のためらいもなかった」と振り返る。
 「小さな幻想と、現実を調和させた独自の磁場をつくりたい」。今、田は「一人で取り組める小説」に創作活動の重点を置く。名門の北京語言文化大英語学科に在学中に書いた第2作「水の彼方」は昨年、日本の講談社から翻訳・出版された。
 「においや色がとてもリアルで、その空気感や質感にすごく刺激された。どう訳そうか、とわくわくしました」。同書を訳した北京在住の翻訳家、泉京鹿(いずみ・きょうか)(39)は話す。
 田の分身のような少女の高校、大学時代を描いた青春小説。夢と現実、時空間を自在に行き来し、10代の愛と性を描いた力作。文章は平易だが、リズム感があり読者をぐいぐいと「田原ワールド」に引き込んでいく。

日本テーマに

 「目標は村上春樹。アジア人であり、中国にも関心を抱き、強い時代性を持つ。戦争や歴史的事件のない、たいくつな現代において、より自らの内面に迫っている」
 東京大学教授(中国文学)の藤井省三は、田を中国の村上春樹ブームの中で育った“村上チルドレン”と位置付ける。 「最初は天安門事件で挫折感を抱い

た学生たちが癒やしを求めて村上作品を読んだ。その後、豊かになった都市住民に広く読まれ、愛読する若者の中から、国家や歴史より、自分の暮らしや心の内側を描く作家たちが生まれた」と分析した。
 中国では1980年以降に生まれた“新人類”の若者を「80後」と呼ぶ。田はその世代の代表的な作家だ。物質的に何不自由なく、インターネットを通じて内外の情報が簡単に手に入る時代に育った。人口抑制策で一人っ子が多く、文革や天安門事件の悲惨さは知らない。一般に「わがまま」「ひ弱」「責任感がない」と否定的にみられていたが、2008年の四川大地震の際に若いボランティアが多数現地で活躍。「やさしさ」「柔軟さ」が見直された。
 田も外国の小説や映画、音楽を吸収して育った。「政治には興味がない」が「北京の大気汚染」などの環境問題には関心が高く、非政府組織(NGO)メンバーとして「自分の身の回りでできる環境保護運動」に取り組む。
 07年に大学を卒業、日本語の勉強も始めた。「将来は米国や日本でも暮らしたい。多くのものに触れて視野を広げることは、創作活動にもきっと役立つと思う」。日本には2回来たことがあり、次の小説は「日本」がテーマ。今年も「美しい桜が咲くころ、取材に行きたい」と目を輝かせた。
 「同じアジアに属し、文化面もきっと類似点や共通点があるはず。もっと交流し、相互理解を深めたい。日本人にも、中国の若者たちに関心を持ってほしい。わたしの本も小さな窓口になり得ると思う」。田から日本の人々へのメッセージだ。

中国で人気の日本小説

“輸入超過”に懸念も

 中国では村上春樹をはじめ、多数の日本人小説家の作品が翻訳・出版されている。一方、日本で紹介される中国小説は数少なく、中国からみれば大幅な“輸入超過”。文化交流の不均衡を懸念する声も出ている。
 「村上春樹、谷崎潤一郎、三島由紀夫、芥川竜之介、金原ひとみ、青山七恵、川上未映子、朱川湊人、京極夏彦、夢枕獏」。田原が取材ノートに書き出してくれた「好きな日本人作家」の名だ。
 田が卒業した武漢の中学近くの書店にも、これら日本人作家の本が多数平積みになっていた。
 日本小説ブームの背景には、経済成長によって都市部で増えた富裕層の需要があり、また、バブルのような好況で出版社に外国作品の版権の購入、翻訳・出版の資金が潤沢なことがあるようだ。
 東大教授の藤井省三によると、村上春樹の作品は1989年の「ノルウェイの森」以来、30冊以上が出版され、総数は約360万部。昨年、日本で超ベストセラーとなった「1Q84」の版権についても、中国で激しい争奪戦が行われ、南海出版が史上最高の100万ドル(9300万円)で獲得した。
 藤井は「文化には相互理解が必要。日本人も中国でのお金もうけだけでなく、文学や音楽に意図して向き合い、中国人の心を理解していかなければ、危険な状況になるのではないか」と指摘した。(文 森保裕、文中敬称略)=2010年01月20日

「地球村」の人びとは今、何を喜び、なにゆえに悲しみ、日々の暮らしを送っているか。「@LOVE」では世界各地のラブストーリーを紹介。このほか「@コリア」「@チャイナ」「@アメリカ」「@その他地域」と五週を一クールとするこの企画では、地域ごとに主人公やテーマを立て、「今を生きる」人間模様を描く。

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新しいCDを録音するため、北京市内のスタジオで歌う田原(撮影 佐渡多真子)

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