悪夢の現場で夢守る

強盗の凶弾で夫失った妻  中東、湾岸戦争から逃れ

 寂れた町の通りに立つ食料雑貨店の看板には、中年男性の遺影が掲げられていた。米南部ノースカロライナ州ロッキーマウント。男性は店主だったモハメド・マラー=当時(44)。1995年11月、わずかな金欲しさに店へ押し入った黒人の強盗3人に射殺された。
 犯人の一人はモハメドの顔見知りの若者だった。「レジカウンター越しに撃たれた」。貨物コンテナより少し広い程度の店内で長男のマイク(25)が描写した。
 モハメド亡き後、店を守り続けるのは妻のイマン(49)だ。「夫が倒れた悪夢の場所に立つ悲しみは今も心をよぎる。でもこの店には夫とわたしの夢が詰まっている」
 モハメドとイマンはともにパレスチナ・ヨルダン川西岸の小さな村で生まれた。イスラエルが西岸などを占領した67年の第3次中東戦争でヨルダンに逃れた。
 ヨルダンからドイツ・ベルリンへ留学し、大学院で電気工学を学んだモハメドはイマンとヨルダンで出会い結婚。80年、モハメドが就職したドイツ企業からクウェートに派遣され、移住した。
 「本当に幸せな生活だった」。イマンが懐かしむ。ペルシャ湾を望む自宅には幾つも部屋があった。車は3台、家政婦もいた。ドイツで長女ラナ、クウェートでモハネド(マイク)が生まれた。

米大使館が保護

 幸せは90年8月、イラクのフセイン政権のクウェート侵攻で崩れた。当時1歳の次女サナだけを親類に預け、一家でエジプトに旅行中だった。クウェートに戻れず約2カ月間、ヨルダンの親類宅に身を寄せた。
 何とかクウェートに戻りサナと再会できたが、自宅の中は完全に略奪されていた。モハメドは勤めていたドイツ企業での仕事も失った。
 すべて失った夫婦が思い付いたのは米国への避難だった。米国旅行中に生まれたサナが米国籍を持っていたため、クウェートの米大使館に保護された。90年10月、衣服とわずかなドル紙幣だけ持って一家がたどりついた先が米ノースカロライナ州だった。米政府から州都ローリー郊外にアパートをあてがわれた。
 中東では電気技師だったモハメドも米国では思い通りの仕事は見つからなかった。それでもピザの配達員を皮切りに、職を転々としながら少しずつ金をためた。
 94年に6万ドルのローンで買ったのがロッキーマウントの食料雑貨店だった。幼かった子どもたちをイマンが育て、モハメドは早朝から深夜まで連日働いた。一家が大黒柱を失ったのは、店が軌道に乗り、暮らし向きも少しずつ良くなり始めた時だった。

宇宙飛行士の夢

 モハメドの死後、イマンは中東に戻るよう友人たちから説得された。「ショックから立ち直れず、貯金も少なくなっていた」。米国でイマンの一番苦しい時期だった。
 しかし中東に帰っても何の展望もなかった。「わたしたちはパパを失った。でもわたしにはあなたたちという夢がある。米国で立派に育てる」。子どもたちを抱き締めながら決心した。
 血のりが残る店の掃除から始めて、仕入れのやり方や税務処理まで学び、悲劇から約半年後には店を再開させた。客も徐々に戻り、99年にはローンを完済。米国への避難後に生まれ、現在高校生の三女ハナを除くラナ、マイク、サナのきょうだいは皆成人した。
 モハメドの死は当時11歳だったマイクの将来の夢も変えた。宇宙飛行士を夢見ていた少年は、父の死を契機に医者になると決めた。14歳からアルバイトをして学費をためて大学に入学、今は地元の大学院で緊急治療室の外科医になるために学んでいる。
 ただ、店で働き続けるイマンへのマイクの思いは複雑だ。「父が殺された店でこれ以上働いてほしくない」。周辺の治安は今も悪く、イマン自身も約1年前に強盗から銃を突きつけられた。
 「自分たちきょうだいは幼くないし、母にはもう自分の夢を見つけてほしい。でも頑固で店を離れない」。半ばあきらめの笑いを浮かべるマイクに、母が語る。「今はまだ店をやめる時じゃない。この気持ちの整理は簡単じゃないの」

人口増加の一方で差別も

米のアラブ系市民

 米国のアラブ系市民の人口は2000年までの20年間で約2倍に増え、100万人を超えた。01年の米中枢同時テロの後、米国ではアラブ系に対する敵意が高まり、8年以上がたった今もイスラム教徒が多いアラブ系に対する差別意識が続く。
 米調査機関ピュー・リサーチ・センターの09年9月の世論調査によると、米国人の58%がイスラム教徒が差別の対象になっていると回答。非イスラム教徒の65%がイスラム教に対して「違い」を感じると答えた。
 米国内でイスラム教への理解促進などを目的に活動する団体「米イスラム関係評議会」のアミナ・ルビン氏も「同時テロ後、最近は政府機関内での差別だけでなく、学校での差別が増えている」と語る。
 09年11月、米テキサス州の陸軍基地で銃を乱射、兵士ら13人を殺害したとして訴追された容疑者はイスラム教徒のアラブ系軍医だった。両親がパレスチナ出身ともヨルダン出身ともいわれており、事件とイスラム教の関連に焦点を当てる米メディアの報道が相次いだ。
 クウェート生まれのマイク・マラーは「米国の多民族社会の開放性は両面ある。プラス面は違いを他者と語り合える点で、マイナス面は言論の自由の延長線上で特定の人種や宗教への排他的な世論が出てくる点だ」と冷静に見ている。(文 砂田浩孝、写真 キース・バーンズ、文中敬称略)=2010年01月13日

「地球村」の人びとは今、何を喜び、なにゆえに悲しみ、日々の暮らしを送っているか。「@LOVE」では世界各地のラブストーリーを紹介。このほか「@コリア」「@チャイナ」「@アメリカ」「@その他地域」と五週を一クールとするこの企画では、地域ごとに主人公やテーマを立て、「今を生きる」人間模様を描く。

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思い出の詰まった食料雑貨店を今も守り続けるイマン(左)。店内で家族の写真を手に、長男マイクと語り続けていた

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