王子と別れ、話題の女優に

ドラマに主演、ブーム続く  愛憎劇の真相はやぶの中

 「お嬢さんに自己紹介してもよろしいですか」。2006年12月、マレーシア副首相がインドネシアの首都ジャカルタで開いた夕食会で、若い紳士が語りかけてきた。「礼儀正しく、謙虚で感じの良い人だと思った」とデーシー(44)は振り返る。紳士が見初めたのは彼女の娘のマノハラ。当時まだ14歳だったが、美しさは際立ち、既にモデルの仕事を始めていた。
 紳士はマレーシア・クランタン州の世襲制スルタン(イスラム王侯)の第3王子トゥンクで、当時28歳。同国では九つのスルタン家が持ち回りで国王に就任する。政治的実権はないが、巨額の富を持っていた。
 マノハラはインドネシア人の母と米国人の父との間に生まれたが、2歳のときに両親は離婚。その後、ノルウェー人、フランス人と母は再婚を繰り返し、スイス、英国などを転々。王子と会ったのは母が再び離婚、故国に戻ってきた直後だった。3日後、別のパーティーでも偶然会うと、王子は満面の笑みを浮かべ、マノハラに手を振った。
 14歳離れた2人の交際が始まった。海原をクルーザーで回るデート。F1レースの観戦。「面白い人だったから妹もだんだん好きになったみたい」と異父姉デウィ(20)は振り返る。
 08年8月、2人はマレーシアの宮殿で挙式した。当時の映像を見ると、16歳のマノハラは純白のジルバブ(スカーフ)をかぶり、輝く銀のティアラと大きなネックレスを身に着けている。傍らには彼女の手を取って指輪をはめる王子。うれしそうにほほ笑んでいる。

悲劇のヒロインに

 

 しかし、結婚はすぐ破綻(はたん)する。「娘が監禁されて王子に暴力を振るわれている」。09年3月の記者会見で母デーシーは泣きながら訴えた。「シンデレラの悲劇」。地元メディアは一斉に取り上げ、ユドヨノ大統領も「これはエンターテインメントではなく、2国間の人権問題」と発言した。
 報道が過熱する中、マノハラは同年5月、突然、ジャカルタに舞い戻って会見し、ドラマの1シーンのような脱出劇を明かして人々を驚かせた。
 王子らとシンガポールに行った際、マノハラはホテルのエレベーターの非常ベルを押し、大声で助けを求め始めた。駆けつけた地元警察と王子ら王族、さらにはマレーシア国防相夫妻も加わり、朝方まで激しいやりとりが続いた末、やっと帰国を許されたという。
 マノハラは会見で「精神的、肉体的な暴力を振るわれた。体がまひする注射を打たれ、性的虐待も受けた」と激しく王子を非難。インドネシアの反マレーシア感情も手伝い、彼女は「悲劇のヒロイン」としてテレビや地元紙を連日飾った。

 地元テレビ局はマノハラを主演に起用した連続ドラマ「マノハラ」を放映。3カ月続いたドラマの中で彼女が使ったスカーフが人気となり「マノハラ・スカーフ」として売り出されるなどブームは続いている。
 一方、王子側は暴力を全面否定。名誉棄損で訴えたほか、マノハラやデーシーに贈った車や現金など約111万リンギット(約2900万円)の返還を要求。マノハラ側はすべて返したと反論、争いは泥沼化した。

愛などなかった

 ジャカルタ市内の庶民的な住宅街の一角にある自宅でマノハラに尋ねた。「最初は王子を愛していたんでしょう?」。身長169センチのすらりとした彼女は首を振り、こともなげに言った。「もともと愛なんてなかった。友達の一人。私のタイプじゃなかったし」。本心なのか。演技に目覚めた女優の胸の内は見通せなかった。隣で母デーシーが言う。「私が不幸な結婚ばかりだったから娘にはいい人をと思って王子を勧めた。でも彼は公人として仮面をかぶるのに慣れていただけだった」
 王子側の側近は「悪いのは強欲な母親。王子からもう金銭を取れないと分かると怒って娘を取り戻した」と非難。愛憎劇の真相はやぶの中だ。
 それでも、笑顔を取り戻したマノハラは前向きだ。「結果的に有名になったことは、これからの人生に有利。この年齢ですごいスタートが切れたと思う」。したたかなシンデレラの目は輝いていた。

裁判は王子が勝訴

南マレーシア側には同情論

 色白の王子トゥンクは濃紺のスーツに金色に輝くサングラス姿で外車を降り立った。マレーシア・クランタン州コタバルのシャリア(イスラム法)高等裁判所で、王子がマノハラにマレーシアに戻るよう求めた訴訟の判決日。裁判長が厳かに王子勝訴の判決を言い渡すと、王子は笑顔で弁護士と握手を交わした。
 「うれしい。満足している」と地元記者らに語る王子に「本当に彼女に戻ってきてほしいんですか?」と尋ねた。少し戸惑った顔を浮かべた王子の代わりに弁護士が「もちろん戻ってほしい」。王子も短く「もちろん」と続けたが、側近らに付き添われ、すぐに法廷を立ち去った。
 訴訟はマノハラ側の「不戦敗」だった。母デーシーは「本当は法廷で争いたかったけど、娘を出廷させたくなかった」。
 コタバルでは王子への同情論も強い。地元記者は「王子が本当にマノハラに暴力を振るったと信じる人は少ない」と話した。タクシー運転手も「自由を楽しんでいた少女が突然、鳥かごに入れられた。王室の窮屈な暮らしに耐えられなかったのでは」と推測する。
 判決はマノハラに「貞淑な妻として戻るため」2週間の猶予が与えられたが、彼女に戻る意志はない。王子側も正式な離婚の際に慰謝料を取られないよう法的手続きを取っただけとの声もある。(文 淵野新一、写真 村山幸親、文中敬称略)=2010年01月06日

「地球村」の人びとは今、何を喜び、なにゆえに悲しみ、日々の暮らしを送っているか。「@LOVE」では世界各地のラブストーリーを紹介。このほか「@コリア」「@チャイナ」「@アメリカ」「@その他地域」と五週を一クールとするこの企画では、地域ごとに主人公やテーマを立て、「今を生きる」人間模様を描く。

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ジャカルタ市内の自宅でテレビ番組の収録を前に、鏡の前でルージュを引くマノハラ。地元では「シンデレラの悲劇」として人気が沸騰中だ

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