男たちの幻想に寄り添う

愛は人生の「ボーナス」  自立と未来支えに生きる

 アレクサンドラ(21)がガラス戸の中で体を揺らしている。人懐こい笑み。下着を付けただけの引き締まった肢体。道行く男たちの視線を集めて楽しんでいる。
 オランダは売春が合法化されている世界でも珍しい国。首都アムステルダムの「飾り窓」地区には昼夜千人以上のセックスワーカーが幅1メートルほどのショーウインドー周辺に立つ。アレクサンドラはここに来て2年半。「この仕事は未来を開いてくれる」。そう言った。
 ブルガリアで高校を卒業後、ウエートレスとして働いたカフェの月給は日本円換算で約7千円。街の男たちは稼ぎもないのに酒ばかり飲み、同世代の女の子たちは金持ちの男をつかまえようと懸命だった。自分は違う生き方をと思った。
 そんな時、オランダで3カ月だけ働いてマンションを買った友人から秘密を聞いた。「やってみなくちゃ、と思った」
 初日は恥ずかしくてガラス戸の前に立てなかった。「あたし何をやってるんだろう」。それでも数人を接客し、手にした300ユーロ(約4万円)近い現金に涙がこぼれた。自分の力でこれだけ稼げたことがうれしかった。
 欧米人、日本人を含むアジア人、アフリカ人。国籍も年齢もさまざまな男たちが毎日、ガラス戸をたたく。目、話し方、手の清潔さを素早く観察したうえで中に入れる。30分で最低50ユーロ。値段を決めるのは彼女だ。
 「なんて美しいんだ」。赤くほの暗い明かりの下で男たちは大げさな称賛を口にし、自分の欲望の種類を伝える。1500ユーロを稼ぐ日もある。
 「抱き締めさせてくれ」とだけ言って彼女の背に手を回し、涙を流し続けた男もいた。政治や社会、自分の人生を語るだけ語り、そのまま帰る年老いた常連客もいる。「優しくしてあげれば、誰だって同じように優しくなるものよ」

現実は別

 自分の仕事は「幻想をかなえる」ことだと思っている。「セックスは愛している人とするもの。わたしがしているのは偽のセックス。男たちの幻想に寄り添っているだけなの」。現実を共にする気はない。唇にはキスをさせず、しつこく迫る客には「警察を呼ぶ非常ボタンを押す」と脅す。
 突然、悲しくなることもある。友だちをつくらないことにしているこの街の冬は長く暗い。「いつまでここにいるんだろう」。涙が流れる夜の支えは自分の未来。ことしの夏、故国に10万ユーロのマンションを買った。「仕事とお金がわたしを強くした。でも心は『まじめな女の子』のままだと思っている」。来夏にはブルガリアに帰り、ビジネスを始めるつもりだ。
 いつか結婚はしたい。両親にも未来の夫にも、ここでの仕事は秘密にし続ける。「誰にだって秘密はあるものよ」。黒く縁取った目を光らせて彼女は言った。

障害者を相手に

 インガ(45)と会ったのはアムステルダム郊外のカフェの前だった。黒の中折れ帽に黒のコート。背が高い。コートを取ると、鮮やかなピンクのセーターが化粧気のない顔に映えた。
 仕事を始めたきっかけは、障害者とセックスワーカーを取り持つ団体「社会性愛仲介所」で働く友人の打診だった。病気の母とシングルマザーとして生きる娘の面倒を見ていたインガには、1時間125ユーロという報酬は魅力だった。常連客9人のうち2人は知的障害者、7人は身体障害者だ。
 農家に育った彼女は幼いころ農具で足に大けがをし、8年間松葉づえで過ごした。妹は知的障害者。障害は子どものころから日常の一部だった。
 施設や自宅を訪れると、男たちは大げさなほど喜んでくれる。「いつも満面の笑みで迎えてくれる男なんてそうはいない」とインガはほほ笑む。
 仕事を終えると彼らの表情が変わる。「リラックスし、『ありがとう』と言ってくれる」。暴言を吐くことも、あれこれと要求することもない。
 「セックスと愛が一つであることは理想だけど、現実はなかなかそうはいかない。愛は人生のボーナス。いつもあるものじゃない」。そう割り切っている。「大切なのは自分の人生を愛し、自立していること、家族を守れること。それができる今の私は幸運なの」。彼女は黒のコートを再び羽織り、背筋をぴんと伸ばして立ち去った。

合法化が「権利守る」

障害者には保険適用も

 オランダでは2000年、売春業が完全に合法と認

められた。アレクサンドラのような飾り窓地区で働くセックスワーカーは自らの選択でこの職業を選んだ「自営業者」として、税金を納め、医療保険にも入る。
 この地区のセックスワーカーに仕事の情報を提供し、相談も受ける「売春情報センター」を設立した元セックスワーカーのマリスカ・マヨール(41)は 「なくならない職業だから合法化した方が彼女らの権利を守れる。客を選べ、通報装置もある『飾り窓』は安全」と話す。現在、ワーカーの約75%は東欧やアフリカ出身。人身売買や客引きなど違法行為も一部にあり、センターはそうした問題の監視にも目を光らせている。
 売春業は「心身共に疲弊する仕事」とマヨール。「彼女らの多くが仕事を家族らに秘密にしており、精神的な二重生活に苦しむ例が多い」。特殊な環境で生活することから「長くやればやるほど抜け出しにくくなる」。
 オランダでは、障害者の性の権利についても議論が活発だ。障害者のための性サービスを仲介する代表的な団体は三つあり、少数だが女性の客もいる。「社会性愛仲介所」によると、顧客として約2千人、セックスワーカーとして約1500人が登録しているという。障害者が性サービスを受ける場合、医療保険の適用を認めている自治体もある。(文 舟越美夏、写真 稲熊成之、文中敬称略)=2009年11月18日

「地球村」の人びとは今、何を喜び、なにゆえに悲しみ、日々の暮らしを送っているか。「@LOVE」では世界各地のラブストーリーを紹介。このほか「@コリア」「@チャイナ」「@アメリカ」「@その他地域」と五週を一クールとするこの企画では、地域ごとに主人公やテーマを立て、「今を生きる」人間模様を描く。

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元売春婦で、現在は「飾り窓」で働く女性のサポートに力を注ぐマリスカ。彼女たちの権利が守られ、誇りを持って働けるようになればと話す笑顔には、気品さえ漂う=オランダ・アムステルダム

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