声から凶悪犯追い詰める

日系人が世界トップ級に  米留学した沖縄法廷通訳

  バン、パン、パパーン―。バージニア州クワンティコのさわやかな秋空を乾いた銃声が貫いた。
 ここは米連邦捜査局の訓練施設「FBIアカデミー」。世界最高峰と呼ばれる捜査機関の捜査員や特殊部隊が厳しい訓練を重ねている。
 正門ゲートの警備員によるチェックのあと、敷地内を車でしばらく走るとアカデミーラボと呼ばれる科学捜査部門の建物に着く。行き当たるドアというドアにセキュリティーが施されているほどの厳重警戒。何枚もくぐり抜け、ようやくFBI分析官仲宗根寛隆(61)の研究室にたどり着く。
 仲宗根の専門は「声紋分析」。凶悪犯の声を分析し、性別や年齢、出身地などを割り出して人物像を絞り込んでいく。ほかにも、銃声音からどのタイプの銃が使われたのかや、得られた音すべてを細かく分析。国際テロリストの声の分析にも取り組んできた。また月1、2回は国内外で、分析したデータを元に国側の証人として法廷にも立つ。

はじめは通訳

 最初に就いた職業は法廷通訳だった。27年間の米軍占領を経て沖縄が日本に返還された1972年、琉球大学を卒業して那覇市の裁判所に就職。県内で罪を犯した米国人が地元の裁判所で裁かれており、仲宗根は法廷に立つ毎日だった。
 しかし、英語は話せても米国の文化を全く知らない。「きちんとした通訳になるためには、生活や文化も学ばなければ」。百科事典で「米国の大学」を検索、20校に志願書を送った。74年、サウスカロライナ州へ出発。心理学を専攻後、2年で戻るつもりだった。
 「怖いもの知らずなのかもしれない」と自己分析する。気付いたら当初の予定を大幅に超え、83年にはミシガン州立大学院の博士課程で奨学生として音声科学を学んでいた。
 「初めて分析したのは、レコード会社から依頼されたエルビス・プレスリーの声だった」。当時はまだ新規の分野だったが、面白さに取りつかれ夢中になった。
 一方で、言葉のハンディを乗り越えるため、1クラスの準備のために10時間予習をした。「ヒロ、頼むから今日は休んでくれとお願いしたこともあった」と当時の同級生は振り返る。半年の間、1日睡眠2時間で過ごし、体調を崩して3カ月間休学をしたこともあったが、無事に卒業。ロサンゼルス市警で声紋分析官としてFBIと共同捜査をする中で、そのレベルの高さに驚かされた。
 そのうちに実績が認められ、FBIから声がかかるように。92年からアシスタントとしてFBIで勤務したあと、96年に正式に採用された。
 「信じられなかった。米国に来たころはFBIのことは何も知らなかったのだが」と振り返るが、今では「米国はもちろんのこと、世界でもトップレベルの声紋分析官」(同僚)と評されるほどに。

研究のため自宅で人間の声をそっくりまねるオウムを飼うなど、熱心な仕事ぶりは有名。2007年には、FBIで最も名誉ある賞も受賞した。

米国の信条

「眠い頭では緊急事態に対応できない」と朝五時に起床、ランニングマシンで約1時間走ってから出勤する毎日。常に締め切りに追われるが、「研究するには最高の環境。すべての瞬間が充実している」。FBI声紋分析官として働いていることに大きな誇りを持つ。
 FBI職員になるには市民権が必要であるため、現在は米国人。米国に来たころは、外国から来た一青年にすぎなかったが、どこに行っても周囲から温かいサポートを受けた。「それがこの国の信条」と表情を引き締める。厳しい競争もあるが、多様性や変化を恐れずに受け入れ、個人にどこまでもチャンスを与えてくれる。
 日本にいる87歳の母や家族のことは常に気になる。帰ることを考えたことも何度かあったが、さまざまな場所で生活を送ってきた仲宗根には、もはや一定の「故郷」という強い概念がない。
 妻愛子(60)とバージニア州フェアファクスで2人暮らし。34年間を振り返ると、ここまで来たのが自分でも時々まだ不思議に思える。「とても居心地がいい。今はここが故郷です」

編集後記

多民族国家反映した採用 高給なげうって応募も

 米連邦捜査局(FBI)は1908年に設立された。「忠誠、勇気、誠実」を掲げ、約3万人の職員が日々テロリストや凶悪犯を追っている。職員は、以前は白人

男性が主だったが、現在は女性が約44%を占めるほか、多民族国家を反映した採用となっている。
 職員は主に現場の捜査員と、研究に取り組む専門職に分かれる。
 捜査員は新卒者は採らず、3年間の社会人経験者を採用。バックグラウンドは、医師や弁護士、警察官やホワイトハウス秘書官などと多岐にわたる。訓練施設「FBIアカデミー」で、逮捕術や米国憲法史の講義など約20週間のプログラムを経て、現場に出る。
 専門職は博士課程修了者や米航空宇宙局(NASA)の研究者などを採用。すぐに実務に取り掛かることはできず、模擬裁判などで2―5年の訓練を経て、ようやく正式に採用される。  初年度の年収は平均約5万3千ドル。9・11以降は「居ても立ってもいられない」と何倍もの年収がある仕事を辞めて志願する者も増えたという。
 FBI広報課は、職員たちは「最高レベルの米国市民」だと誇らしげにいう。
 世界約60カ所に支局を設置、日本には2人の捜査員がいる。今年初めまで日本に駐在していた 捜査員ローレンス・フタさん(43)は「常に危険を伴う仕事だが、国のために貢献したい」と話す。=2009年1月28日配信

(文 山里亜紀子、文中敬称略)

 「地球村」の人びとは今、何を喜び、なにゆえに悲しみ、日々の暮らしを送っているか。「@LOVE」では世界各地のラブストーリーを紹介。このほか「@コリア」「@チャイナ」「@アメリカ」「@その他地域」と五週を一クールとするこの企画では、地域ごとに主人公やテーマを立て、「今を生きる」人間模様を描く。

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ワシントンのFBI本部。1908年に司法省内で前身の組織が発足して、昨年で100年を迎えたことを祝う垂れ幕が掲げられている(撮影 杉田弘毅)

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