潜水艦乗りから企業家に

不動産ブームで会社好調  中台「今の状態」を希望

 ブー、ブー、ブー。台湾東部、花蓮沖の水深200メートル付近を航行していた台湾軍の潜水艦「海竜」内で、警報がけたたましく鳴り響いた。レーダーが前方に、中国軍の潜水艦をとらえたのだ。
 1995年夏。中国は当時、李登輝総統の訪米に激しく反発し、台湾近くの海域に向けてミサイル演習を実施。台湾軍は警戒レベルを上げ、不測の事態に備えていた。交戦か、撤退か―。しーんと静まり返った艦内。兵役に就いていた林煥銘(りん・かんめい)は点灯する赤いランプをじっと眺めていた。

ビジネスチャンス

 14年後。上海・金融街にある超高層ビル「上海ワールド・フィナンシャル・センター」の展望台。今は上海で内装インテリア会社を経営する林(34)と会った。
 「あの時、攻撃命令が出ていたら生きて帰れなかった。緊張した」と振り返る林。とはいえ、中国を敵だと思ったことはなかった。戦ったことがなかったからだ。
 中国共産党との内戦に敗れ、国民党政権が台湾に移って今年で60年。かつては砲火を交えた中台だが、人の往来が増え経済関係は緊密化した。好況の中国に職を求め、台湾海峡を渡る台湾の若者が急増している。
 林が初めて中国を訪れたのは7年前。2年間の兵役後に留学した福岡の大学の視察旅行だった。「中国人はバスに乗るにも並ばないし、どこでもたばこを吸う。台湾や日本との違いにがくぜんとした」。しかし経済成長の勢いに魅せられた。
 生まれは台湾南部、台南市。「自分は中国人ではなく台湾人」という意識が強い、独立志向の民主進歩党(民進党)の地盤だ。同党の熱心な支持者だった母親(59)には「台湾を愛していないのか」と責められたが「中国には、台湾にない大きなビジネスチャンスがある」と説得。「台湾には人材も多く、競争は激しい」とも感じた。
 留学後の2003年、中国南部の広州で働き始めた時の初任給は700元(約9千円)。翌年には家具メーカーに転職した。改革・開放政策で急増した30~45歳の「ニューリッチ」のおかげで、不動産業は大盛況。家具業界も好調で、林は中国全土で開かれる見本市に小まめに足を運び、顔を売って販路を広げた。

上海から世界へ

 「台湾人は中国人と同じ言葉を話し、中華文化を理解できる。これは大陸ビジネスで大きなメリットだ」と話す林。初対面の取引先とでも、祖父がかつて湖北省から台湾に移住したことを話せば、すぐにうち解けることができた。

 とはいえ、自らを台湾から中国に移り住んだ「新移民」と呼び、台湾人であることに誇りを持つ。湖北省出身の銭暁琴(せん・ぎょうきん)(32)と結婚、維恩(いおん)(1)をもうけたが、戻る場所は台湾だ。「民主主義の台湾と、中国では価値観が違いすぎる。台湾は独立できないが、中台統一も不可能だ。今の状態がお互いのためだと思う」と言う。
 08年春、中台関係に大きな変化が訪れた。中台関係を悪化させた民進党の陳水扁総統が8年間の任期を迎え、対中関係の改善を掲げる国民党の馬英九氏が総統選で当選を果たしたのだ。
 「変化の兆し」を感じていた林は08年初め、家具メーカー勤務の経験を生かして独立。オフィスやレストランの内装デザインや家具の選択を請け負う会社を起こした。中台“雪解け”ムードと、10年万博を控える上海の不動産ブームに乗り、約30人の会社は好調なスタートを切った。今年の売り上げは7月までで1千万元(約1億3千万円)を超えた。
 「中国は台湾企業を引き寄せるために今後も3年は(税金などの)優遇策を続けるだろう。会社を大きくするのに追い風が吹いている」と林。今年8月にはアジアや中東などで活躍する米国系建築事務所と提携、新たな一歩を踏み出した。
 高さ492メートルのフィナンシャル・センターは中国経済を象徴するかのように天に向かって伸びている。展望台には海外からやって来た大勢の観光客。眼下に広がる近未来的なビル群を眺めながら、林は自分に誓うように言った。「ここから世界に飛び立つんだ」。

中国目指す台湾人急増 高収入、やりがい求め

 中国での仕事を探す台湾人が増えている。台湾大手人材バンク「104」には1カ月に約2万人から問い合わせがあり、社会人経験を積んだ30代が8割を占める。中台関係の改善を受け、台湾当局によると、中国に滞在する台湾人は200万人を突破したもようだ。
 30代が抱く中国のイメージは、共産党の一党独裁下でさまざまな問題を抱えながらも、改革・開放政策でダイナミックな経済成長を遂げた姿。「発展の勢いを肌で感じたかった」と話す人材派遣業、呂子傑(37)は7年前に上海にやって来た。英語を話す機会が増えていることにもグローバル化を感じている。
 「中国での仕事はスケールが大きく、毎日が新鮮でやりがいがある」と話す広告業の林美瑄(38)は新製品のイベントなどで中国各地を飛び回る日々を送っている。
 収入も魅力だ。104によると、中国での給与は台湾の1・5~2倍。。「仕事のチャンスが多く、給与も増えた。上海はステップアップの場所」と広告デザイナーの孫楽安(35)は満足げ。
 しかし生活習慣や中国人との感覚の違いになじめず「自分は台湾人」との意識を強くする人も多い。「中国人はすぐに中台統一を持ち出す」と呂。広告業の梁碧芬(35)は「陳水扁前総統をかばう発言をすると独立派のレッテルを張られる」と言う。「身体は中国、心は台湾」というのが本音だ。(文 浜口健、写真 京極恒太、文中敬称略)=2009年10月21日

 「地球村」の人びとは今、何を喜び、なにゆえに悲しみ、日々の暮らしを送っているか。「@LOVE」では世界各地のラブストーリーを紹介。このほか「@コリア」「@チャイナ」「@アメリカ」「@その他地域」と五週を一クールとするこの企画では、地域ごとに主人公やテーマを立て、「今を生きる」人間模様を描く。

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2007年9月、台湾南部の高雄沖で演習に参加した台湾軍の潜水艦「海竜」。かつて林煥銘はこの艦に乗り、中国軍と向かい合った(漢和防務評論提供)

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