孤独な二つの心寄り添う

キャンプで出会い、結婚  断ち切れない望郷の念も

 星が空からこぼれ落ちそうな夜だった。「どんなことがあっても僕は決して君を離さない。死ぬまで支え合っていこう」。静寂に包まれたタイ北西部ウンピアムのミャンマー難民キャンプ。満天の星空を見上げながら、トゥ・レイン・トゥ(30)がプロポーズの言葉を切り出した。
 「うれしかった。でも…」。肩を並べて座っていたカイン・エー・ピュー(41)はすぐに返事はできなかった。10歳以上の年の差、故郷に残してきたそれぞれの家族のこと。何より、国を追われ隣国タイに逃れてきた二人の不安定な境遇が胸に重くのしかかった。
 昨年5月にミャンマーを襲った大型サイクロンの後、それぞれタイに密入国し、たどり着いた北西部メソトの難民支援施設で二人は出会った。そこにはサイクロンで家や仕事を失った多くの人々が身を寄せていたが、二人はほかの被災者たちとは事情が違っていた。

軍事政権に追われ

 最大都市ヤンゴンで教師をしていたカイン・エー・ピューはサイクロンで自宅が全壊しながらも、知人宅に身を寄せて被災者の支援活動を手伝った。そこで目の当たりにしたのは援助物資を横領する軍事政権当局者の姿。憤りを覚え、その実態を写真に撮り記事を添えて知人に送った。
 目を付けられ、治安当局が知人宅に頻繁にやってくるようになった。拘束の恐怖におびえ、居所を転々とする日々が始まった。「ここから逃げるしかない」。6人の兄弟姉妹や同居していた伯母を残していくことに胸が痛んだが、着替え3着だけをカバンに詰め、タイ国境に向かう車に一人飛び乗った。
 トゥ・レイン・トゥもまた、軍政に追われていた。5年前に兄が刑務所に収監されて以降、家族にも監視が及び、さらにサイクロン被災時に野党に協力したことも軍政の反感を買った。「自分も投獄されると思い、逃亡を決意した」
 支援施設で共同生活をしていた二人の距離は、転んで左腕を骨折したカイン・エー・ピューをトゥ・レイン・トゥが献身的に介護したことで急速に縮まった。
 間もなく二人はメソトから車で約2時間の山間部にあり、約2万6千人が暮らすウンピアム難民キャンプに移り住んだ。左腕の自由が利かないカイン・エー・ピューにとってこう配のきついキャンプでの生活はつらかったが「彼が食事や着替え、入浴まで手伝ってくれた」。孤独な二つの心は自然と一つ寄り添っていった。
 自分の寂しさ、弱さが彼を求めているのかもしれない。でも、一緒にいると心が満たされる。「この人を信じて生きていこう」。彼女はプロポーズを受け入れた。

あの夜の記憶

 竹の支柱にシートや段ボールを張り合わせたつぎはぎだらけの家。タイ政府などによる難民としての登録さえまだかなわない二人は物資援助が受けられず、森で木を拾い集めて山の斜面に新居を築いた。初めて二人きりで過ごした夜。虫の声しか聞こえない穏やかな時間を共にした。
 指輪も披露宴もない結婚だったが、カイン・エー・ピューは夫に肩を寄せ、「この家が最高の結婚記念」とほほ笑む。小さな棚に積み上げられた数冊の本と、無造作に干された洗濯物。部屋の隅に重ねた布団以外に家財道具はほとんどない。
 二人とも子供がほしいが、将来を考えると不安もよぎる。キャンプからの外出は認められず、難民としての認定もないため第三国へ出国するチャンスもない。「いつか、わが子を連れて祖国に帰りたい」。望郷への思いも断ち切れない。
 キャンプが闇に包まれると、カイン・エー・ピューはタイに逃れた日の記憶がしばしばよぎる。暗い国境の川をボートで渡りながら、遠くかすんでいく祖国を何度も振り返った。「二度と戻れないかもしれない」。そう思い、涙がとめどなくあふれた夜の記憶だ。
 ろうそくだけがともる部屋で、夫は妻の傷を優しくなでていた。支え合うことで、安らぎと希望も感じられるようになった。「先のことはわからない。でもこうしていると心の傷もいやされ、強くなれる」。そう話す二人の顔が、灯の中で揺らめいた。=2009年10月13日

日本も来年度から受け入れ 第三国定住、課題山積み

 日本政府は2010年度から、自国に戻れない難民を避難先以外の国が受け入れる「第三国定住制度」の試験導入を始め、第1陣のタイのミャンマー難民5家族、計27人が昨秋日本に移住し、東京で研修を受けている。同制度による難民受け入れはアジアで初めてで、日本の取り組みが成功すればほかのアジア諸国での制度導入につながるとして注目されている。
 軍事政権による人権侵害や弾圧、政府軍と少数民族武装勢力との紛争などを背景に、1980年代から多くのミャンマー国民がタイなどに避難。国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)によると、国境近くのタイの難民キャンプ9カ所には十数万人が暮らし、避難生活の長期化も問題になっている。
 欧米を中心に10年までに約7万人が、タイの難民キャンプから第三国に移住した。しかし、キャンプで活動する非政府組織(NGO)によると「移住する数と同じぐらい難民が入ってくるため、キャンプの難民の数はここ数年あまり変化してない」という。
 ミャンマーでは10年11月7日、20年ぶりに総選挙が実施された。しかし、難民らの間には「何も変わらない」「国には戻れないだろう」と失望感が漂う。政府軍と少数民族との間の緊張はむしろ高まり、国境周辺では治安が不安定になっている。タイ当局も「今後タイに流入する難民が増える可能性もある」と警戒する。(文 植田粧子、写真 浮ケ谷泰、文中敬称略)

「地球村」の人びとは今、何を喜び、なにゆえに悲しみ、日々の暮らしを送っているか。「@LOVE」では世界各地のラブストーリーを紹介。このほか「@コリア」「@チャイナ」「@アメリカ」「@その他地域」と五週を一クールとするこの企画では、地域ごとに主人公やテーマを立て、「今を生きる」人間模様を描く。

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タイ北西部ウンピアムのミャンマー難民キャンプで、家の裏に栽培したモヤシを収穫するカイン・エー・ピュー(左)とトゥ・レイン・トゥ。2人はキャンプでモヤシを売って生活している

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