悲劇の証言、世界に伝える

平和訪れる日を願い  大統領への逮捕状にも一役

 十数人乗りの国連機から地上を見下ろすと、半砂漠の大地がどこまでも広がっていた。ワジ(雨期にだけ流れる川)の水面が太陽を照らしてきらきらと輝く。
 降り立ったチャド東部の小さな町ククには雨期の緑がわずかにあった。ここから60キロほど行けば「世界最大の人道危機」が起きているとされるスーダン西部ダルフール地方だ。
 通訳のムバラク(45)は相手の目をぎろりと見据えながら、抑揚のない話し方をする男だった。北ダルフール州の州都ファシェルで生まれた彼は11年前、国境を越えてチャドに逃げてきた難民の一人。約27万人もの難民が流入、世界中のジャーナリストや援助関係者が押し寄せるこの不毛の地で、難民との「言葉の橋渡し」が彼の仕事だ。
 スーダン政府の「戦争犯罪」を告発する国際人権団体や国際刑事裁判所(ICC)の調査団と仕事をしたこともある。当然、同政府にとっては「不愉快な存在」だ。
 「政府のブラックリストに入っているのは間違いない。でも私は正しいことをやっている」。だから「怖くはない」と言う。だが、話した後に「これは書かないでくれ」と付け加えることも多かった。

何千もの悲劇

 約2万人が暮らすゴザメル難民キャンプ。土壁に覆われた薄暗い部屋で、花柄の鮮やかな民族衣装を着たハリマ(35)が6年前の虐殺を語る。
 「馬に乗ったジャンジャウィード(アラブ系民兵組織)が突然村を襲い、目の前で母が銃殺された。その瞬間、わたしの人生も終わった」。歌い上げるようなハリマのアラビア語がムバラクによって英語という「国際語」に変換されていく。
 「何週間も複数の民兵にレイプされ、精神が錯乱した女性も見た。娘が目の前でレイプされるのを見て以来、ひと言も話せなくなった父親もいる。何千もの悲劇を見聞きした」。そう語りながらムバラクが一瞬、うつろな表情を見せた。
 ジャンジャウィードとそれに協力した政府軍が黒人系住民を虐殺、推定死者30万人以上といわれるダルフール紛争は2003年ごろから激化。しかし「警察による(黒人系)住民の理由なき逮捕や監禁などはもっと昔からあった。やつらはおれたちを奴隷以下としか見ていなかった」とムバラク。「悲劇の芽」は前からあったようだ。
 ダルフールで反政府的な活動を行っていたムバラクは1998年、「身の危険を感じて」国境を越え、故郷に母やきょうだいを置いたまま隣国チャドに渡った。

捕まれば死刑も

 チャド政府から難民認定を受け、首都ヌジャメナでタクシー運転手をしていた彼に2004年、転機が訪れる。子どものころから「言語としての英語に魅せられてきた」という達者な英語力を見込まれ、乗客のイタリア人男性に「(国境の町)バハイのNGO(非政府組織)で働かないか」と誘われた。ダルフール紛争が激化する中、難民支援を行っていたNGOは、文化や言葉を知る人物を必要としていた。
 バハイで見た光景は衝撃的だった。故郷から次々と押し寄せる難民。その中には友人や小学校時代の同級生も交じっていた。「故郷の惨劇を世界に伝えてもらいたい」。そんな思いから、NGOとの契約が終わった後、通訳の仕事を始める。
 現在、チャド東部で活躍するダルフール出身の通訳は十数人。通訳仲間のハッサン(42)によると、ジャーナリストの要望で「違法に」国境を越え、ダルフール入りした通訳もいる。彼らがスーダン政府に逮捕されれば死刑もあり得るという。
 ICCは09年3月4日、戦争犯罪などでバシル・スーダン大統領への逮捕状を出した。調査団と一緒に働いたムバラクは「少しでも役立ったかと思うと本当にうれしい」と喜ぶが、悲劇は今も続き、バシル政権は存続したまま。「何も変わっていない」との焦りもある。 普段は感情の回路を自ら閉じているかのようなムバラクが熱い口調で言った。「平和が訪れ、難民すべてがダルフールに戻る日まで、この仕事を続ける。あるいはこの命が尽き果てるまで」

アラブ民兵襲撃の恐怖今も チャド東部も治安悪化進む

 ダルフール難民が多く暮らすチャド東部ではさまざまな武装勢力が乱立、援助関係者への襲撃事件もたびたび起きるなど治安は最悪だ。難民らは今も「ジャンジャウィード(アラブ系民兵組織)が国境を越えて襲撃に来るのでは」と、恐怖におびえながら生活を送っている。
 「ひと月ほど前にも子どもたちがキャンプ近くで武装勢力に暴行された」。ゴザメル難民キャンプのリーダー、アルファテ(42)が語る。
 ここに住むモハメド(31)は「キャンプに安全なんてない」と言い切った。国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)によると、難民キャンプでは武装勢力による難民に対しての「リクルート活動」さえ平然と行われているという。
 09年当時、平和維持活動(PKO)部隊の国連中央アフリカ・チャド派遣団(MINURCAT)がチャド東部の難民キャンプの治安を担当。しかし、アルファテは「MINURCATは何もしてくれない。第一、キャンプに来たことさえない」と不満げだ。アフリカではどこでも国連PKOの評判は良くない。
 「ジャンジャウィードにとって国境などないようなもの。やつらがキャンプを襲いに来たら、われわれは一発でおしまいだ」。ジャンジャウィードに家族、親族ら実に41人を皆殺しにされ、たった一人生き延びたアルファテが嘆いた。(文 田中寛、写真 中野智明、文中敬称略)=2009年10月07日

「地球村」の人びとは今、何を喜び、なにゆえに悲しみ、日々の暮らしを送っているか。「@LOVE」では世界各地のラブストーリーを紹介。このほか「@コリア」「@チャイナ」「@アメリカ」「@その他地域」と五週を一クールとするこの企画では、地域ごとに主人公やテーマを立て、「今を生きる」人間模様を描く。

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ゴザメル難民キャンプで暮らすダルフール難民の少年。危険と隣り合わせの生活には無頓着に、泥で作ったヘリコプターを誇らしげに見せた

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