「生態系の一部」誇りに

イヌイットに学んだ大島  魅せられ定住、温暖化実感

 太陽が24時間、天をめぐる。穏やかな海の上をウミガラスが舞う。デンマーク領グリーンランド北西部の北緯77度47分、「世界最北の村」といわれるシオラパルクの7月。北極の夏は輝いていた。
 日なたの気温は20度以上か。「以前は海氷が割れてようやく流れ出すのが7月だったのだが…」。村に暮らして37年になる大島育雄(おおしまいくお)(62)はそう言い、氷がほぼ消えた青い海原を見詰めた。
 東京都清瀬市の農家に生まれた大島は、日大の山岳部時代から極地の山々にあこがれていた。卒業後の1972年、カナダ・エルズミア島の最高峰を登る調査で対岸にあったシオラパルク村を訪れ、先住民イヌイットから文化や言語を学んだ。
 犬ぞり訓練などのため先に入村していた冒険家の植村直己=84年、米アラスカ・マッキンリー登頂後に死亡=と数カ月、ここで暮らした。食糧を直接手に入れる猟の楽しさに魅せられて村にとどまることにしたら「あっという間に」還暦を過ぎた。「猟は動物とのだまし合い。英語で猟をゲームと呼ぶが、こんなに面白いゲームはないね」
 朝7時。急斜面の岩場に登ると、約2時間でウミガラス百数十羽を捕獲。“武器”は柄の長い網1本だ。その後は数日前に捕った小型鯨イッカクの解体、アザラシ肉の薫製や海鳥の発酵食作りなど、一日中、身体を動かす。自然の余剰分で命をつなぐ自給自足に近い生活。「猟師は生態系の一部」と誇る。

二つの難敵

 「イクオはいつも楽しそう」とイヌイットの妻アンナ(57)。子どもは1男4女、孫も7人に。日本語は「ここでは必要ない」ため子どもたちに教えていない。長女トク(34)、長男ヒロシ(32)も猟師になり、日本国籍を捨て、人口約60人の同村や隣村で暮らす。
 猟師の生活は楽ではない。しかも極寒と戦いながら生きてきた彼らを時代が追い詰めている。
 難敵は二つ。一つは狩猟規制だ。「この辺のシロクマは増えている。それなのに『減った』と言われ、村全体で年6頭しか取れなくなった」。動物愛護運動が盛んな欧州の影響で、当局は「十分に調査せずに規制を強めている」と大島は憤る。
 もう一つは地球温暖化。海氷減少は10年ほど前から目立ってきた。結氷した海が割れるのは以前より2カ月早い5月。再結氷は2カ月遅い12月ごろ。温暖化の影響が顕著に現れる極地帯。気候に恵まれた国が吐き出す温室効果ガスで「おれたちが一番迷惑している」。
 海氷は猟師の重要な足場だ。足元が揺らいでは氷伝いに沖へ出るセイウチ狩りはできない。セイウチからは数百キロの肉が得られる。氷上の呼吸穴で待ち伏せするセイウチ猟は「興奮する」猟の一つだったが、もう10年できずにいる。

 氷にアザラシ捕獲網を仕掛けるのも、結氷する12月を待っていては日光がなくなるため困難に。「この辺の猟師は氷の上での猟を学び、伝えてきた。やり方は簡単に変えられない」
 雪氷を駆ける犬ぞりの出番も減った。以前は年8カ月は使えたが、今は4カ月。猟師が激減した隣村では、多くの犬が野良犬となり、終日遠ぼえしていた。

脂肪燃料

 真夏の白夜も午前0時を過ぎると、5度まで冷え込んだ。海辺の斜面に立つ大島の狩猟小屋を小型ストーブが暖める。燃料は石油とアザラシの脂肪を半々に混ぜた油だ。「脂肪は普通、ほとんど捨てるが、もったいない」と最近、燃焼実験を始めた。
 現地では昔、海獣の脂肪を燃料に使ったが、いつしか石油に。大島は再実用化の研究を地元自治体にも働き掛ける。「金は浮くし温暖化対策になる。暖房用燃料を自給できるようにしたいんだ」。極北の地で踏ん張るため、気候変動を嘆いてばかりはいられない。
 各動物の習性や解体法、氷の動き、皮なめし—。猟師の知識は膨大だ。かつて、イヌイットから学んだ知識や経験、そして燃料作りなどの挑戦を次世代に伝えたい。民族の違いを超え「腕のいい猟師」として一目置かれる存在になった今、大島はそう考えている。

気候変動で油田開発容易に 独立推進で環境破壊の懸念

 「世界最大の島」グリーンランドは6月21日、デンマークからの独立を視野に入れた自治拡大を施行、

外交と軍事、通貨政策以外は自治政府が担うことになった。同政府は油田開発や工場誘致を進め、デンマーク本国からの巨額援助に代わる自主財源を増やす構えだが、開発は環境破壊や温暖化助長と隣り合わせ。大島育雄らは島の将来に懸念を抱いている。
 開発を容易にしたのは気候変動だ。島周辺の油田の埋蔵量は、中東の大油田に匹敵すると推定されている。油田の多くは特に寒さが厳しい島の北東沖にあり、これまではアクセスも難しかった。比較的温暖な島南西部では、欧米の石油企業が既に開発権を得ている。
 資源開発に基づく独立実現を訴えてきたエノクセン前自治政府首相は、環境保護と経済振興を同時に目指すことは「矛盾しない」と強調する。
 北極開発を急いでいるのはグリーンランドだけではない。北極圏は地球における未開発の石油、天然ガスの4分の1が眠るとされ、沿岸諸国は資源争奪戦の様相を見せている。
 北極圏全体では過去30年で海氷面積が15〜20%減少した。こうした中、風力で2割以上の電力を賄う環境先進国デンマークは12月に温暖化対策の枠組み合意を目指す国際会議を主催する。大島は同会議の結果を「(村の)みんなが気にしている」と話した。(文・写真 小熊宏尚、文中敬称略)=2009年09月02日

「地球村」の人びとは今、何を喜び、なにゆえに悲しみ、日々の暮らしを送っているか。「@LOVE」では世界各地のラブストーリーを紹介。このほか「@コリア」「@チャイナ」「@アメリカ」「@その他地域」と五週を一クールとするこの企画では、地域ごとに主人公やテーマを立て、「今を生きる」人間模様を描く。

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狩猟小屋の前で(左から)長男ヒロシ、孫娘ハナらと語らう大島育雄=グリーンランド・シオラパルク

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