密入国者から大学教授に

日系農民に助けられ  貧困の中、希望抱き

 「どこで生まれたのかを聞かれたら、『米国』と答えるんだ」。メキシコ生まれのフランシスコ・ヒメネス(66)は幼いころ、父からきつく言い聞かされていた。今は米カリフォルニア州サンノゼ近郊のサンタクララ大で教授としてスペイン語現代文学を教える。
 4歳だった1947年、父と身重の母、兄とともに故郷の村を去った。夏の夜、国境フェンスの下に掘られた小さな穴を抜けると、そこは米国だった。密入国を仲介した業者が用意した車は、一家を乗せると闇の中を疾走した。
 両親と兄は季節労働者としてイチゴ畑で働き、収穫シーズンが終わると綿花や野菜の畑に次の仕事を求めた。その後10年近く、一家は収穫に合わせてカリフォルニア州内各地を転々とした。
 米国に来た当初は季節労働者たちが集まる「テント村」での生活。電気も水道もない狭いテントの中で寝起きした。両親と兄は朝6時半には畑に出て、日が暮れるまで働いた。
 一家は不法移民を取り締まる 入管当局の影に常におびえていた。見つかれば即、メキシコへ強制送還。本当の出生地は他人に絶対話してはならなかった。「米国でもメキシコでも貧困には変わらなかったが、将来に希望が抱けるのは米国だった」とヒメネスは回想する。

学校に安らぎ

 ヒメネスも6歳の時には畑で汗を流していた。小学校にも通い始めたが、収穫の最盛期は通えなかった。入学したばかりの学校を転居で1週間で去ることもあった。それでも学校が好きだった。「学校には電気も暖房もあった。転々とした生活に疲れた自分に、安らぎを与えてくれた」
 スペイン語しか話せなかったヒメネスは必死で英語を覚えた。畑では単語を一つ一つ思い出し、家財道具を拾いに行ったごみ集積場では英語の本を探した。見つけたのは百科事典の1冊と「ドリトル先生」の本。家に持ち帰り、毎日少しずつ続きを読むことに胸が躍った。
 だが、その日は突然やってきた。ヒメネスが中学生、14歳の時だった。「すべての人は平等につくられ…」。教室で、宿題に課された独立宣言の暗記を頭の中で繰り返していた。校長に伴われ、ヒメネスの机の前に立った2人の男は 入管当局の緑色の制服を着ていた。別の季節労働者が密告したことは後で知った。

イトウさん

 メキシコに強制送還された後の一家を米国から支えてくれた人がいた。小規模な農場を経営していた日系人で、父母は「イトウさん」と呼んでいた。カリフォルニア州南部サンタマリアのイチゴ畑で送還前のヒメネス一家を雇ってくれていた。

 イトウさんはヒメネスの父の働きぶりを評価し、父が米国の永住権が取れるように協力、強制送還された時にはメキシコでの生活費を貸してくれた。母や兄、ヒメネスが米国のビザを取るための身元引受人にもなった。
 ヒメネスらは強制送還の翌年、合法的に米国に再び入国することができた。「イトウさんがいなかったら、どうなっていたか分からない」。ヒメネスは声を詰まらせる。
 米国で学校に戻ったヒメネスは、仕事をしながら勉強に励んだ。奨学金を得て現在教壇に立つサンタクララ大へ入学。さらにニューヨークの名門コロンビア大を卒業後、教職の道に進んだ。自分と同じような境遇の若者たちに、生まれた国の文化や言葉を教えたかった。
 サンタクララ大では後に妻となるローラと知り合った。「メキシコで生まれた」と、初めて心を許して話すことができた相手だった。祖父母が貧しいイタリア系移民だったローラの境遇が自分の半生と重なった。
 ヒメネスは50代になって、自らの幼少時代を記した本を、スペイン語と英語で出版した。日本語にも翻訳された。自宅でこの本を執筆中、涙が止まらないことが何度もあった。「自分が体験したようなことは、今も多くの不法移民の子どもたちに起きている。われわれが今こうして話している間にも」

〝3K職場〟の受け皿に安価な労働力として使う

 米国では第2次大戦前から、メキシコ出身の移民は農業や鉄道工事などで安価な労働力として貴重な存在だった。

1942年には戦時の労働力不足を解消するため、米政府はメキシコ政府と、メキシコ人季節労働者を合法的に受け入れる「ブラセロ協定」を結んだ。「ブラセロ」はスペイン語で「労働者」を意味する。
 フランシスコ・ヒメネスの一家が密入国したのも、ブラセロ協定で渡米し豊かになった仲間の話を聞いたからだ。当時の米国には合法・非合法を問わず、メキシコ人労働力への需要があった。60年代半ばに同協定が終わっても不法移民は増加。70年代になると米国で社会問題化し、移民制度改革が繰り返されてきた。
 2001年の米中枢同時テロ後、移民問題はテロ対策、国土安全保障と結び付けられた。ブッシュ前政権はメキシコとの国境地帯に分離フェンスを設けて密入国を阻止、企業に対しては不法移民の雇用規制を強化した。
 米国に現在約1200万人いるとされる不法移民は多くがメキシコなど中南米出身のヒスパニック系。農業や建設業などの底辺の“3K職場”で不法移民が労働力の受け皿になっている実態は今も昔も変わっていない。
 1月に就任したオバマ大統領は、現在米国にいる不法移民に合法的地位を与えるなど移民制度改革に取り組む方針とされ、ヒスパニック系市民は動向を注視している。(文 砂田浩孝、写真 鍋島明子、文中敬称略)

「地球村」の人びとは今、何を喜び、なにゆえに悲しみ、日々の暮らしを送っているか。「@LOVE」では世界各地のラブストーリーを紹介。このほか「@コリア」「@チャイナ」「@アメリカ」「@その他地域」と五週を一クールとするこの企画では、地域ごとに主人公やテーマを立て、「今を生きる」人間模様を描く。

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トマト畑で収穫作業をするメキシコ人労働者たち=米カリフォルニア州中部ギルロイ

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