自然と共生、太古の知恵

小学校で民族文字教育  消滅の危機、伝承に尽くす

 白い雲がたなびく3千メートル級の山々を車で6時間かけて抜け、山腹の小さな集落に着いた。中国雲南省の吾木村。段々畑のタバコやトウモロコシ、水稲の緑が鮮やかだ。約300戸の家は日本家屋に似た瓦ぶき屋根。少数民族ナシ族の村だ。

環境保護の教え

 村の唯一の小学校。黒板に向かって児童5人が一斉に絵のような文字を書き始める。馬、羊、シカの顔。「生きている象形文字」といわれるトンパ文字だ。1千年以上前につくられたが、日常生活には用いず、ナシ族の原始宗教トンパ教の経典に記され、司祭である「トンパ」が読み方や解釈を伝えてきた。
 豊作の祈願、冠婚葬祭などの儀式から日常的な占いまで、経典を用いて儀式を取り仕切ってきたトンパはナシ族社会の中心的存在だった。
 「神々よ、トンパに無窮の法力を与えたまえ」。山林の中の祭壇で、2人のトンパが自然神を祭る儀式を見せてくれた。トンパ文字が並ぶ経典を手に、節を付け歌うようにナシ語で読み上げる。
 その内容は、人類と、その異母兄弟である自然神との物語。人類が森林を破壊し、動物を多く殺したため、神は仕返しとして疫病を流行させ、洪水や地震を起こす。人類は健康と幸福を祈るため、神に謝り、仲良くなったという神話だ。
 小学校でトンパ文字を教える「ナシ文化科」の教師、和継先(31)もトンパの一人。現代の「環境保護」の精神を先取りする経典について「自然保護を宗教の形で代々教えてきたんだ」と誇る。
 ナシ族は古代羌族(きょうぞく)を祖先とする民族で、チベット族にも近い。吾木村を含む雲南省麗江市を中心に約30万人が住む。「自然との共生」を重視し、山地の斜面に寄り添うように家を建て、開発は最小限にとどめている。
 だが、麗江市中心部は、約800年前の古い街並みが1997年に世界遺産に登録され、漢族による観光開発が進んだ。古い街並みの中に騒がしい音楽と赤い灯籠(とうろう)が目立つバー街もできた。
 同市から遠い山中の吾木村にも「経済発展ばかり目指す中国モデル」の波が押し寄せていると和は言う。金もうけのために若い男女は多くが出稼ぎに出た。和と同世代のトンパも4人いたが、皆、村を離れた。

金もうけ

 人々の信仰心も薄れ、社会の中心だったトンパの出番は減った。年に数回、葬儀に呼ばれるぐらいだ。和の先代トンパ(70)は言う。「ナシ族は昔は、食事の前に必ず両手を挙げ、祖先にささげた。一粒の食糧も残すな、浪費は罪と教えられた」。

今は、祖先に感謝もせず、食べ散らかすことも平気な漢族の文化に染まったことを嘆く。
 トンパが必要とされなくなり、民族文化が消滅することに危機感を抱いた和らが、子供らにトンパ文字を教えるためカリキュラムをつくり小学校で週2回のナシ文化科を始めたのは2000年。だが授業の報酬は1回5元(約70円)。月収約50元で、本業の農業でやっと食べていける程度だ。
 「多くの観光施設から(見せ物の)トンパをやってくれと招かれる。月収で30倍の1500元出すと言うが、トンパ文化伝承には役立たないので断っている」。和は民族文化が金もうけに利用されることに反発する。
 日本でもブームになったトンパ文字は、Tシャツにプリントされ、市中心部の商店に並ぶ重要な観光資源。ところが漢族の店も多く、文字の意味を間違えていたりする。
 取材に同行してくれた麗江市トンパ文化研究院副院長の李徳静(45)は、研究院の少ない予算で数人の若者をトンパとして育成している。だが生活費に不自由し、逃げていく若者もいる。経済至上主義の中で、民族文化の伝承には支援も少なく「ボランティア精神」が必要だと李は言う。
 和も小学校卒業後、省都の昆明に出稼ぎしていた。新聞の記事で「トンパ文字には太古の記憶が残されている」と知り、村に戻った。「生活は苦しい。でも誰かがやらなければナシ族が伝えてきた知恵や道徳など文化が失われ、民族の個性がなくなる。それは、動物と同じになるようで悲しい」

研究院設立、司祭を養成

海外にも支援呼び掛け

 白い民族衣装の青年と老人が口を曲げ、目を大きく開いて猿のように跳びはねる。ナシ族の舞踊ラバ舞だ。

象やカエルの舞もあり、動物との共生を表して、自然に感謝し、人々の健康を祈る。万物に神の存在を信じるトンパ教が根底にある。
 青年は陳四才(22)。麗江市トンパ文化研究院で約9年間、経典を写経するなど司祭のトンパとして育てられた。経典は全部で約2万冊。ラバ舞のほか、神話や叙事詩、歌謡も記され、古代の農業、社会、歴史、芸術が分かる「ナシ族の百科全書」と呼ばれる。
 トンパの活動は1949年の新中国建国後、宗教を「迷信」とみなした共産党により禁じられたが、改革・開放政策で解禁され、81年に設立された同研究院が、危機にひんしたトンパ文化の救済事業に着手した。
 30年に及ぶ活動禁止でトンパは高齢化し、後継者もいなかったため、研究院が年老いたトンパを集め、経典の読み方や解釈を聞き取り、約20年で「トンパ古文書訳注全集」100巻をまとめた。この全集を使い、今、若いトンパの育成に当たる。
 足りない資金は欧米の基金や友好都市の岐阜県高山市の支援などに頼ってきた。新たに「トンパ伝承学院」を設立し毎年20人以上の若者を育成する計画もあり、建設費約1千万元(約1億4千万円)を募って、海外にも支援を呼び掛けている。(文 太安淳一、写真 岩崎稔、文中敬称略)=2009年08月12日 
海外支援などの連絡は、麗江市外事弁公室、呉能菊さんあてにメール(日本語可)で。アドレスはwunengju2002@yahoo.co.jp

 

 「地球村」の人びとは今、何を喜び、なにゆえに悲しみ、日々の暮らしを送っているか。「@LOVE」では世界各地のラブストーリーを紹介。このほか「@コリア」「@チャイナ」「@アメリカ」「@その他地域」と五週を一クールとするこの企画では、地域ごとに主人公やテーマを立て、「今を生きる」人間模様を描く。

secondpicture

中国雲南省吾木村で、収穫した農作物を持ち帰るナシ族の村人たち。急な坂の階段を黙々と上ってきた

つぶやく 中国について