井戸水汚染が原因か

中国淮河「死の川」に  環境NGO霍氏が告発

 汚染で白く泡立ち、死んだ魚が大量に打ち上げられた川を見ながら、霍岱珊(かく・たいさん)(55)は怒りにふるえた。中国の黄河と長江の間を流れる主要河川、淮河(わいが)。少年時代、水は澄みきり、フナやコイがたくさんとれた。きらめく川面を真っ赤な衣装の花嫁を乗せた小舟が静かに渡っていく。そんな面影は既になく、「死の川」に変わり果ててしまった。
 10年前、霍は中国河南省の地元紙写真記者の職を辞し、同省内の淮河支流の汚染調査を始めた。「みんなのため、わしらが生まれ育ったこの地の汚染を調べてほしい」。胃がんで死んだ幼なじみの町長、倪安民(げい・あんみん)が残した言葉がきっかけだった。
 中国は30年間の改革開放政策の下、経済高成長を果たしたが、公害は全国各地で深刻化し、淮河も工場排水や家庭の下水で汚れきっていた。  霍は流域をくまなく巡り、汚染状況を1万5000枚の写真に撮った。その過程で、川沿いの農村地帯でがん患者が多発する「がん村」の存在が浮かび上がってきた。
 がん村は河南省沈丘県内で二十数カ所も見つかった。胃、食道、大腸など消化器がんが多く、乳幼児の死亡や先天的な障害も少なくない。同県杜営村の人口は約1700人だが、187人ががんで死んでいた。どの村も貧しく十分な治療はできなかった。
 がんの多発は淮河からの灌漑(かんがい)で、飲用の井戸水が汚染されたためと推定された。井戸水にはがんを引き起こす硝酸性窒素や大脳に影響するマンガンなどの有害物質が多く含まれていた。

妨害乗り越え

 霍は2003年、淮河の汚染対策と被害者救済を目指す非政府組織(NGO)「淮河衛士」を設立し、妻や息子二人と家族ぐるみでボランティア活動を始めた。汚染企業の排水口を監視し、汚染実態を映した写真を展示するキャンペーンを全国各地で開いて、がん村の存在を知らせた。
 地元政府や汚染企業はうろたえた。汚染のひどさは公害対策が不十分な結果だ。利潤を追求する企業は対策に金をかけたくない。地元政府にとって、企業は税収源であり、住民の雇用先。両者は癒着し、公害取り締まりは手ぬるかった。
 霍は度々、匿名の脅迫電話を受けた。汚染企業を調査した帰り、後をつけてきた数人の男たちに殴られ、カメラを壊されたこともあった。一時は精神的にかなり追い込まれたが、踏ん張った。
 寄付金を募り、汚染の少ない深層水をくみ上げる井戸を掘り、浄水器を設置した。農民、李豊泉(り・ほうせん)(57)は「以前の井戸水は濁って臭かったが、とてもおいしい水になった」と日焼けしたしわだらけの顔をほころばせた。
 やがて政府も予算を組み、すべてのがん村に深層水井戸か浄水器が設置された。国の汚水排出規制も罰則が強化され、主な汚染企業もようやく対策に本腰を入れ始めた。

 霍は「私たちNGOが先に立ち、政府を動かしたのだ」と胸を張った。

水俣病に学ぶ

そして霍は07年末、国家環境保護総局(現環境保護省)などが主催し、その年環境保護に貢献した人物を表彰する「年の人」に選ばれた。地元政府を飛び越し、中央政府の支持を得たのだ。
 「あれ以来、圧力や妨害は少なくなった」。霍は08年10月、初めて外遊し、日中韓の環境NGOが新潟で開いたシンポジウムに中国NGO20人で参加した。
 かつて工場排水の有機水銀で汚染され、新潟水俣病が発生した阿賀野川を見学し、患者や支援者と交流した。「私たちも患者の人権を守るため同様に活動している。日本の経験に学びたい」。霍は興奮気味に語った。
 水俣病患者を37年間も支援してきた旗野秀人(58)は、先鋭化し仲間割れも起きた運動の苦い経験から「明るく元気に楽しく、息の長い運動を続けてほしい。裁判が最善ではない。新潟では患者への差別が生まれ、地域のきずながずたずたになった」と忠告した。
 霍の次の目標は被害者のために補償を勝ち取ることだが、一党支配の中国では司法の独立や執行力は不十分。霍も企業と対決する裁判は避け、和解を目指す。「旗野さんの言葉はとても温かい励ましになった」。寄付金は足りず、生活は楽ではないが、粘り強く運動を続けていくつもりだ。

編集後記

 韓国に適応できぬ脱北者 所得、一般市民の3分の2

中国で近年、公害を告発したり、被害者支援を行う

非政府組織(NGO)の活動が活発化。  その許容度は民主化を計る指標としても注目される。環境保護は中国の重要政策の一つだが、被害者の街頭デモ多発などによる社会の不安定化は避けたい。政府とNGOの間には「協力とけん制」の微妙な均衡関係がある。
 中国には「上に政策あれば、下に対策あり」という言葉がある。上から指示があっても、下は何とかして抜け道を見つけ、従わないことを言う。環境問題でも「中央対地方」「政府対企業」の間でよくある現象だ。
 環境NGO「淮河衛士」の霍岱珊が調査を始めた1990年代後半、中央政府によれば、淮河の汚染状況は改善しているはずだったが、実際は明らかに悪化していた。経済利益を優先する地元政府や企業が偽のデータを上部に提出していたためとみられている。
 今、環境保護省は淮河衛士が組織した汚染監視ネットワークについて「淮河を見張る市民の目」と期待をかける。ただ、中国指導部が認めるのは「体制内の民主主義」。地元政府はなお内外メディアの取材を拒否し続けるなど、かたくなだ。
 NGO主導の公害裁判で被害者側が勝訴する例も出ているが、反公害運動が過激化すれば、中国政府は「社会の安定維持」を理由として規制に乗り出すだろう。
(文 森保裕、写真 萩原達也)
=2009年1月21日

 「地球村」の人びとは今、何を喜び、なにゆえに悲しみ、日々の暮らしを送っているか。「@LOVE」では世界各地のラブストーリーを紹介。このほか「@コリア」「@チャイナ」「@アメリカ」「@その他地域」と五週を一クールとするこの企画では、地域ごとに主人公やテーマを立て、「今を生きる」人間模様を描く。

secondpicture

2008年7月、霍岱珊が撮影した、汚染で泡立つ中国淮河最大の支流・沙潁河=中国河南省沈丘県

つぶやく あいのことば