狭い谷で妻を奪い合い

決着は結納倍返しで  少数民族カラーシャの風習 

 闇夜に紛れて逃げてきた愛する人は妊娠6カ月の身重だった。「彼女が産めば、父親がだれであっても自分の子。どうしても結婚したかった」。ライス(29)は11年前、友人の妻だったグリスタン(27)を奪い取った。
 色とりどりの刺しゅうを施した衣。お下げ髪に貝殻を細かく縫い込んだ帽子。鮮やかな民族衣装に身を包んだ女たちが緑豊かな谷間で洗濯をし、畑を耕す。パキスタン北西部チトラル郊外。独自の多神教を信仰し、山奥の三つの谷に暮らす少数民族カラーシャには「略奪婚」の習慣がある。
 グリスタンが11歳のとき、長老や親同士が同じ谷に住む4歳年上の男を婚約者に決めた。14歳で初潮を迎えると、民族の風習に従い、夫の実家へ「通い婚」を始めた。「夫が好きも嫌いもなかった。ただ言われた通りにしただけ」
 二人が出会ったのはそのころ。高校に通うため、親類の家に居候していたライスは、畑仕事をするグリスタンに思いを寄せた。「人妻なのは知っていた。夫が友人であることも。でも、気持ちを抑えられなかった」。知人に頼んで彼女を桑の木の茂みに呼び出し、重ねて思いを伝えた。
 夫は二人の様子に気付き、監視をするようになった。だが、二人の恋はもう止まらなかった。
 「妊娠していても構わない」。その言葉を聞き、17歳の夏、グリスタンは知人が用意した車で1時間ほど離れたライスの実家がある谷へ走った。

半数以上が略奪婚

 人口約3千のカラーシャの人々は、なんと夫婦の半数以上が略奪婚だ。前夫が妻の家族に渡した結納品を、新しい夫が前夫側に倍返しすることで決着をつけるが、グリスタンの元夫の父マシャラ(62)はすぐにはライスの弁済を受け取らなかった。「許せなかった。もうすぐ孫が生まれるはずだったのに」
 交渉はもめにもめた。雄ヤギと子ヤギ40頭ずつ、牛4頭、水がめや鍋などの100を超える家財道具―。ライスは「谷でも前代未聞」と友人が言うほどの弁済品を親族からかき集めることに。「嫁を奪われて最初は腹が立ったが、今思えば、少しやり過ぎたかな」とマシャラは笑う。
 そもそも、彼自身、妻を知人から奪っている。40年前、恋人の婚約を知り、傷心のまま首都イスラマバードに出稼ぎに出た彼は、恋人を思って眠れない夜に耐えながら金をためた。3年後に倍返し。彼女を取り戻した。
 狭い伝統社会。葬式や宗教行事で元夫と元妻がしばしば顔を合わせる。妻を奪われた後、隣家の妻を横取りした男性がいれば、6人の夫を渡り歩いた女性もいる。
 6年前、いとこの長男に妻を奪われたダジャリ(35)は再婚して息子もいるが、親類同士のわだかまりは消えない。

本人は「風習だから仕方ない。相性が悪かったのさ」と言うが、「あの子のおとなしい性格が災いした」とダジャリの母。

改宗を拒む

 カラーシャの人々の間では、自分たちはアレキサンダー大王遠征軍の末裔(まつえい)との伝承も残る。13世紀、この地にやってきたイスラム教徒によって谷の奥に追い込まれながらも、半農半牧の貧しい暮らしを続け、改宗をかたくなに拒んできた。
 衣装や祭りに魅せられ、ここに暮らして22年の写真家・わだ晶子(57)=佐賀市出身=は「ヤギの放牧で男は半年も帰らないことがある。民族絶滅を防ぐために略奪婚の風習ができたのでは」。
 現金収入を求め、ライスは6年前、パキスタン軍に入隊して単身赴任。年に2カ月しか戻れない。任期は残り12年もあるが「一生一緒に生きると誓い合った。略奪の不安はない」。
 グリスタンの元夫は新たな妻を得たが、彼女が実家に帰るたびに話しかけてくる。グリスタンも言葉は交わすが、「ライスほど優しい人はいない。今が一番幸せ」。3歳の娘には「初めから恋愛結婚してもらいたい」。
 グリスタンが夕飯にトウモロコシのパンを焼いていると、11年前には彼女のおなかの中にいた長男サルダルフセイン(10)が薪を背負って山から下りてきた。「退役したら雑貨店を開き、この子に継がせたい」とライス。だが、長男は「お父さんみたいな兵隊になりたい」とはにかんだ。

伝承が規範、謎多い歴史 

金髪、青い目の住民も

 アフガニスタン国境に近く、山深いカラーシャの谷には今もテレビや電話がない。標高約2千メートルの山間部で半農半牧の生活を続ける。宗教行事でいけにえにするヤギ肉をたまに食べる以外はパンやチーズのみの質素な食生活だ。
 文字のないカラーシャでは長老らによる伝承が規範を作る。生理中の女性は不浄とされ、小屋に隔離される。アレキサンダー大王軍の末裔(まつえい)説は、言語学的研究では否定的にみられている。だが、禁酒国パキスタンにありながらアンズや桑の実でつくった焼酎や赤ワインをたしなみ、金髪や青い目の住民もいる。民族の習慣や歴史には謎が多い。
 わだ晶子は旅の途中で立ち寄って以来、日本での写真展の収益などで谷の教育やインフラ整備に尽力してきた。1994年には日本政府の支援を得て豊かな水量を利用した小型水力発電所を設置。識字教育のほか、織物と染め物の伝統技法を使った手工芸品を住民とともに作って売る活動も続けている。
 都市部との交流に伴いイスラム教に改宗する住民が増加し、男性は毛織りの民族衣装を脱ぎ捨てパキスタンの民族服で生活している。パキスタンやアフガンではイスラム武装勢力のテロが頻発するが、カラーシャは平穏。ただ、周辺地域の治安悪化で旅行者は激減、観光以外の現金収入がない谷は打撃を受けている。(文 遠藤幹宜、写真 原田浩司、文中敬称略)=2009年08月05日

 

 「地球村」の人びとは今、何を喜び、なにゆえに悲しみ、日々の暮らしを送っているか。「@LOVE」では世界各地のラブストーリーを紹介。このほか「@コリア」「@チャイナ」「@アメリカ」「@その他地域」と五週を一クールとするこの企画では、地域ごとに主人公やテーマを立て、「今を生きる」人間模様を描く。

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民族衣装に身を包み、葬式に参列するカラーシャの若い女性。10代半ばくらいになると、彼女らは親の決めた相手と通い婚を始める=パキスタン北西部チトラル郊外

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