援護の枠外で半世紀の苦難

被爆の日本人義母とともに 引き揚げで「言葉」の壁も

 1959年4月10日。東京は明仁皇太子と美智子妃の結婚パレードに沸き立っていた。50万人が詰めかけた沿道の最前列で、アジア系の上品な女性が、夫のカメラにほほ笑んでいる。
 外国人夫婦がソ連国家保安委員会(KGB)の情報員とは誰も知らない。カメラの眼は、軽やかに駆け抜ける皇太子夫妻の馬車も鮮明にとらえた。
 屋根を取り払った馬車と、若々しい皇太子夫妻は、高度成長期の希望の象徴だった。だが翌60年に安保闘争の嵐が吹き荒れる日本は、東西冷戦の最前線でもあった。
 半世紀後のモスクワ。日本でハトイチャ・サデツクの偽名を使ったイリーナ・アリモワ(89)は、天皇結婚50周年をニュースで知った。5歳年上の夫シャミーリ・ハムジンは病死、年金頼りの一人暮らしが長い。猫のムーシャが話し相手だ。
 日本にいたころに比べ、イリーナの体は一回りも二回りも小さくなった。過去を隠す必要が薄れた今も時折、鋭い光が目に宿る。記憶をたどり、慎重に言葉を選んだ。
 「独ソ戦に従軍し多くの死を見ました。若かった私には、生涯消えない衝撃だった。KGBに採用された時は、同じ悲劇を防ぐための仕事と信じたのです」
 トルクメン人の母とタタール人の父をもつイリーナ。タタール人のシャミーリ。日本潜入のため53年に中国の天津で偽装結婚。ソ連と無縁のウイグル系商人の夫婦として翌年、神戸に上陸した。

緊張の12年

 「日本のトルコ人社会に溶け込み東京や横浜で貿易商をしました。トルコや米国の外交官、軍人が店に出入りしました」
 二人はトルコ語が達者で誰も素性を疑わなかった。自衛隊は年々増強され、日米の軍事同盟化などを追う日本での情報活動は12年間に及んだ。
 帰国後、二人はモスクワで本当の夫婦として引退し、イリーナは共産党地区委員会に職を得た。シャミーリは任務の緊張から深酒の習慣がついていた。心臓を病み「ありがとう」と妻に言って天に旅だった。
 イリーナには、そのまま静かな老後が待っているはずだった。ところが、1991年末にソ連は崩壊。経済危機で年金の支給は途絶えた。
 故郷のトルクメニスタンも独立した。共産党出身のニヤゾフが独裁を敷き、出入国を制限して帰省ができなくなった。
 ソ連という祖国を失い、父母の地からも切り離され、ソ連を解体したエリツィン・ロシア大統領をのろった。
 「ソ連はさまざまな民族が共存する国でした。いろいろ問題もあったが、まさか崩壊するとは想像もしなかった」

 エリツィンはソ連体制維持の暴力装置だったKGBを反対勢力として恐れ、分割、縮小した。「祖国」のため危険な仕事をしたという誇りだけが、屈辱と生活苦の90年代にイリーナを支えた。

ナイフの光

 プーチン前大統領の登場と前後して石油価格が上昇した。ロシアの財政も潤い、年金支給も安定した。「年老いた私には十分な生活費」と言う。
 KGB出身のプーチンが実権を握ってから、情報機関出身者の待遇はエリツィン体制下に比べ格段に良くなった。誕生日や戦勝記念日には、KGBの後身である対外情報局の感謝状が届く。
 本棚にはロシアの国民詩人プーシキンとペルシャ詩人オマル・ハイヤームの著作。ソ連崩壊から18年近くがたって、ロシアはようやく第二の祖国になろうとしている。
 「それでも何かが足りない」とイリーナは感じる。
 ロシア指導部は、共産主義に代わり国家を束ねる価値観を模索している。プーチンは、ロシア正教にその役割を担わせようとした。
 教会はロシア人による中央集権支配の支柱にはなっても、多民族、多宗教の連邦をまとめることはできなかった。
 一部の若者は過激な民族主義に走り、カフカス系など旧ソ連圏からの出稼ぎ者に、暴力の矛先が向いている。頭をそった青年が振りかざすナイフの光が、国家と民族に人生をほんろうされたイリーナの眼に映っている。

「離散の民」の知恵

自立の悲願は捨てず

 モスクワ市内にタタール人の民族教育をする小中一貫校がある。イリーナが校門を入ると、生徒たちが笑顔であいさつをした。
 イリーナは時々、ここに招かれ自らの経験を語る。「愛国心を教えるため」だ。校内の展示室には、イリーナとシャミーリの写真があった。
 「タタール人の英雄」という本も展示され、独ソ戦で活躍した軍人や「ソ連邦英雄」の称号をもつタタール人を紹介している。
 タタール人は独自の民族国家を持たない「離散の民」だ。この学校で教える「祖国」は、かつての旧ソ連であり、現在ではロシアを意味する。
 タタール人は、自らの伝統を大切にしながらも、他民族が支配する国家に奉仕することに大きな矛盾は感じてこなかった。それは民族が生き残るために、歴史から学んだ知恵でもあった。
 しかし「自立」の悲願を捨てた訳ではない。タタール人が半数近いロシアのタタルスタン共和国ではソ連崩壊後、イスラム回帰と民族自立の傾向が強まった。
 2002年、ロシア語のキリル文字だった民族語の表記をローマ字にする法改正を試みた。連邦政権は、各共和国の民族語の表記をキリル文字に限定する国語法修正で、この動きを封じ込めた。
 連邦政権は、民族自立の連鎖が旧ソ連を壊した教訓を忘れていない。(文 松島芳彦、写真 プロハノフ、文中敬称略)=2009年07月29日

 

 「地球村」の人びとは今、何を喜び、なにゆえに悲しみ、日々の暮らしを送っているか。「@LOVE」では世界各地のラブストーリーを紹介。このほか「@コリア」「@チャイナ」「@アメリカ」「@その他地域」と五週を一クールとするこの企画では、地域ごとに主人公やテーマを立て、「今を生きる」人間模様を描く。

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イリーナは、ソ連国家保安委員会(KGB)議長からソ連共産党書記長になったアンドロポフを記念する勲章を授与された。左はその授与証書、右は着物姿のイリーナの肖像画

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