ギター1本で中国へ

妻の支えで生演奏の店 がん闘病、励ます仲間

 北京市の場末の古びたビルの一室。入り口に「ASUKA」の看板。常連客にしか分からない隠れ家のような小さなナイトクラブで飛鳥克己(62)=岩手県盛岡市出身=はいつものようにギターを弾いていた。中国大陸にロマンを抱き、東京から移り住んで14年。ギターの腕はプロの中でもトップ級。音楽好きの日中の客に根強い人気のギター生演奏の店だ。
 木目調の落ち着いた店内にはカウンターとテーブルが5卓ほど。ライトが照らす約1畳のステージが飛鳥の仕事場だ。
 ギター1本でたくましく自由奔放に歩いてきた飛鳥の生き方、温かい人柄と教養の深さに引かれて通う常連客も多い。
 ギター伴奏は「レパートリーが広く、音程も速さも客に合わせ、コーラスも入れてくれる。カラオケと違い、とても気持ち良く歌える」(常連客)と定評がある。
 電気の専門学校を卒業し、大手家電への道が開かれていたが、20歳で上京し、数々のバンドでギターを極めた。米軍キャンプを回り、ちあきなおみや田端義夫、ロス・プリモス、井沢八郎らのバックを務め、ナイトクラブでの弾き語りや客の歌の伴奏もした。
 しかし、カラオケの普及に伴い、生演奏の需要は減っていく。「北京でクラブを開くので手伝って」と友人に頼まれ、1995年7月「二つ返事で」中国へ。
 「飛鳥という姓から先祖は大陸渡来人ではないかと考えていた。子供のころから三国志演義や水滸伝を読み、ずっと中国へ来たいと思っていた」。そのクラブでギターを弾き、99年8月に独立して今の店を開いた。
 「自由気ままにやってきたが、妻がいなければ何もできなかった」。言葉も通じず、習慣や法律も違う中国で生活し、酒場を経営するのは容易ではない。中国人の“世話女房”王慧玲(おう・けいれい)(46)の支えがあってこそだ。
 日本人の妻を亡くしていた飛鳥は、前の店からの「秘書役」だった慧玲と再婚。長男熙来(ひろき)(8)=小1=も生まれた。中国の雄大な自然を愛した飛鳥は、観光客が来ない「万里の長城」の穴場に家族連れでよく登る。慧玲は飛鳥について「わがままだけど裏表のないいい人」とほおを染めた。
 「飛鳥ファン」を自任する常連客で友人の会社社長川畑保(かわばた・たもつ)(55)は「飛鳥さんはとても聡明(そうめい)で知識も広い。だが、安定を求めず、ギター1本の道を進んできた。証券業界でカネを扱ってきたわたしなどと対極の生き方に強く引かれた」と十数年来の交遊を振り返った。
 高成長を続け、昨年は北京五輪を成功させた中国。14年間の激変を見てきた飛鳥の体験に基づく「中国論」も興味深い。

 中国製ギョーザ中毒事件などで日本では反中感情も出ているが「中国には悪い人もいるが、良い人の方がずっと多い。人口は日本の10倍だから悪い人も良い人も10倍」。 「中国人は親や家族をとても大事にする。乗り物で年寄りに席を譲る人は日本よりずっと多い」
 中国と中国人へのやさしいまなざし。慧玲が連れてきた長女郭比茜(かく・びせい)(22)は今年春から日本に留学中。飛鳥は「日中の懸け橋」にと願う。
 昨年2月、飛鳥は一時帰国した日本の病院で、前立腺がんと告知された。北京で飛鳥から電話を受けた慧玲は泣き続けた。以来、飛鳥は「がんに負けてたまるか」と漢方薬と自然食で懸命に闘ってきた。店は休まず、ギターを弾き続け、笑顔も絶やさない。20キロ減った体重も増えてきた。
 「ASUKA」は今年8月で開店10周年。日中の友人と常連客ら約100人が飛鳥を祝福し励ますためにコンサートなどの記念イベントを開く。この日に披露する歌「長城の風」(作詞川畑、作曲飛鳥)も完成した。万里の長城を素材に人生の旅を歌った曲だ。
 「みんなの歌声、わたしのギター。風に託して大地を覆おう。あしたへとあしたへと吹く風を信じて」「虹を渡ってこの旅人たちよ。故郷へかえるのか、新しい旅をゆくのか」
 6月、店でこのバラードを聞いた。体力の衰えを感じさせない飛鳥の熱唱。集まった仲間たちは「元気になって」と励ましの拍手を送り続けた。

ディスコバーで人気DJ

昼はIT企業社長

 北京在住15年の須藤健(48)=秋田市出身=はまったく異なる二つの顔を持つ。

昼間は社員20人のIT企業社長、週末の夜は北京市内の繁華街、三里屯にあるディスコバー、リトルハイの人気DJだ。
 バーは大使館地区の近くにあり、東京の六本木のように外国人も多い。
 ディスコDJとは、客のダンスのために音楽を流す“進行役”。中国人か外国人か? 年齢は? 服装は? その時の客層に応じて約2千曲の中から即座に曲を選び出し、次々と再生していく。
 「お客さんが狙った通りに十分に乗って楽しく踊ってくれれば、とてもうれしい」
 須藤の得意分野はヒップホップ。週末以外の夜はインターネットで米英の最新トップ40をチェックするほか、古い名曲の発掘にも余念がない。
 元プログラマーの須藤は1994年、北京へ中国語留学した後、友人とパソコンの保守やホームページを作成する会社を設立した。
 若いころからディスコDJに興味はあったが、本格的に勉強を始めたのは事業が安定してきた10年前。北京のDJスクールで技術を磨いた。
 DJ用のプレーヤーは日本企業の独壇場。須藤は「IT技術とDJの両方の経験を生かし、メーカーと一緒に新製品を開発するなど、ビジネスにも生かしていけたら」と抱負を語った。(文 森保裕、写真 岩崎稔、文中敬称略)=2009年07月08日

 

 「地球村」の人びとは今、何を喜び、なにゆえに悲しみ、日々の暮らしを送っているか。「@LOVE」では世界各地のラブストーリーを紹介。このほか「@コリア」「@チャイナ」「@アメリカ」「@その他地域」と五週を一クールとするこの企画では、地域ごとに主人公やテーマを立て、「今を生きる」人間模様を描く。

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経北京市内のマンションで写真に納まる飛鳥一家。手前左から時計回りに克己、長女・郭比茜、妻・王慧玲、長男・熙来

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