結実した非暴力の闘い

オバマ生んだ半世紀の運動  次は「原爆謝罪」も視野に

 2月初旬、ワシントンの米連邦議会で、48年ぶりの対面があった。
 「あの日に起きたことを謝罪しに来た」
 「もう半世紀も前のことだ。許すよ。そして今日から私たちは友人だ」
 謝罪したのは白人至上主義組織KKKの会員だったエルウィン・ウィルソン(72)。許したのは黒人下院議員ジョン・ルイス(69)だ。
 1950年代から60年代、米南部では人種差別撤廃を目指す公民権運動が燃え盛り、白人側との衝突が繰り返された。大学生のルイスは白人席と黒人席に分けられていたバス差別に抗議する「自由の乗客たち」の1人だった。61年5月、サウスカロライナ州ロックヒルのバス停の白人席で座り込みをした際、大柄なウィルソンに意識不明になるまで暴行を受けた。
 黒人人形の首にロープを巻き、自宅のカシの木につるすほどの黒人嫌いだったウィルソン。だが、やがて差別撤廃が時代の流れとなり、徐々に黒人の友人もできた。オバマの大統領当選後はオバマのために祈り、そしてルイスへの謝罪を思い立った。「このままでは自分は地獄に落ちると思った」。南部なまりの英語でウィルソンは言う。
 人種差別がなくなったわけではない。黒人はなお教育、雇用の機会を十分に得られず、貧困の海におぼれている。だが、ウィルソンの謝罪にルイスは思う。「オバマの大統領就任で、ウィルソンは謝罪という偉大な行為を成し遂げた。オバマが人びとを和解させた」

小作人のせがれ

 褐色の肌。どっしりと座った鼻。そして骨太の体。米現代史の金字塔である公民権運動を勝ち抜いたルイスの容姿は「闘士」という言葉がピッタリあてはまる。
 深南部アラバマ州トロイ郊外の小作人の三男として生まれ、水道も電気もない家で育った。黒人小学校では白人学校のお古の教科書を使った。農繁期には綿花栽培を手伝い、学校は休んだ。
 家にあった本は聖書だけ。その聖書を熟読し、黒人教会で説教をするまでになり、ナッシュビルにある神学校へ特待入学。公民権運動のリーダー、キング牧師の演説に鼓舞され、差別撤廃の闘いに身を投じた。逮捕歴は40回、頭には警官に殴られた傷が残る。

軍事力行使には反対

 1月20日、厳寒のワシントン。オバマの大統領就任式場にルイスはいた。オバマが右手を挙げておごそかに宣誓するのを見て、頭の中を半世紀の濃密な体験が駆け巡った。キングの演説「私には夢がある」を間近で聞き、体を震わせた感動。命懸けだった黒人投票権要求行進。そして、キングの暗殺―。

 歳とともに涙もろくなった。昨年11月オバマが大統領に当選した夜、ルイスは「無血革命が起きた」と言って泣き崩れた。あれで涙が枯れたと思ったが、オバマ就任式でも大粒の涙がこぼれた。
 「白人群集に殴られ、放水を浴びていたころ、いつか黒人大統領が誕生するなんて言えば 『どうかしている』と思われた。想像もできなかったんだ」
 生まれた村の図書館で黒人には禁じられていた貸し出しカードを要求した16歳の時からの長い闘いは、初の黒人大統領誕生によって実を結んだ。しかし、キングが組織し、ルイスが引き継いだ公民権運動は「非暴力」を血脈とする。インドのマハトマ・ガンジーの非暴力・不服従運動こそが、圧倒的な強者だった「白人」に黒人が抵抗できる唯一のすべだったからだ。
 この立場からルイスは今も軍事力の行使にはすべて反対する。オバマはイラクからの兵力撤退を決めたが、アフガニスタンへは米軍を増派、パキスタン領内へのミサイル攻撃も続けている。「この一点ではオバマとたもとを分かつ。イラクやアフガンでの戦争の予算は1ドルもつけたくない。軍事力で紛争を解決する時代は終わったんだ」
 そう語気を強めるルイスに、オバマによる米大統領として初の広島、長崎訪問の可能性を聞くと、彼は即座に言った。「オバマはヒロシマ、ナガサキに行き、日本人に『ソーリー』と言うべきだ。それは愛と希望のメッセージになる。オバマに強く薦めたい。今度は原爆謝罪と日米和解の闘いを始めたいね」。人懐っこい目が光った。

編集後記

教育、雇用の機会なく転落 家庭環境も厳しく

 黒人奴隷がアフリカから北米大陸に連れて来られてから約400年。リンカーンの奴隷解放宣言(1863年)、教育差別の禁止決定(1954年)、投票権法(65年)、人種間結婚禁止違憲判決(67年)など勝利を重ねた黒人運動だが、依然白人との格差は大きい。
 米労働省によると、黒人の平均週給は白人の76%。男性同士で比べると、差はさらに開き、69%となる。
 この所得格差は教育水準によるところが多い。黒人は人口こそ全米で12・8%だが、全米教育統計センターによると、大卒は8・7%。さらに大学院修士課程となると7・8%、博士課程は5・1%と減っていく。
 家庭環境も厳しい。黒人の子供の65%がひとり親に育てられている。ヒスパニックの37%、白人23%、アジア系17%と比べて高い。
 ショッキングなのが受刑者の割合だ。米司法省の統計では、黒人男性の4・8%が刑務所生活中だ。ヒスパニックの1・7%、白人の0・7%に比べると非常に高い。
 黒人間の格差も広がった。ハーバード大教授のウィリアム・ウィルソンは「長年の差別や劣等意識、経済構造の変化などで底辺の黒人はますます置き去りにされている」と話す。オバマは黒人の希望の星だが、政権の緊急課題は経済再建であり、黒人問題は後回しになっている。(文 杉田弘毅、文中敬称略)=2009年06月10日

 「地球村」の人びとは今、何を喜び、なにゆえに悲しみ、日々の暮らしを送っているか。「@LOVE」では世界各地のラブストーリーを紹介。このほか「@コリア」「@チャイナ」「@アメリカ」「@その他地域」と五週を一クールとするこの企画では、地域ごとに主人公やテーマを立て、「今を生きる」人間模様を描く。

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1月20日、米ワシントンで、大統領就任式の宣誓を控えたオバマと抱き合う公民権運動家で下院議員のジョン・ルイス(中央)(AP=共同)

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