自由な創作、目指す若者

愛国世代もファン多く 国産育成策は空回り

 名刺の肩書は「自由漫画人」。「両親からは『これって仕事なの?』と言われるんだ」。北京郊外の自宅マンションにしつらえた畳敷きの作業部屋で、尹川(いんせん)(25)は肩をすくめ笑った。日本外務省が創設した国際漫画賞で昨年、優秀賞に選ばれた漫画家の卵だ。
 それまでは酒浸りの生活だった。「納得できる作品を描きたい」と、大学卒業後に就職したアニメ会社を半年で退職。創作に打ち込んだが、誰からも顧みられず荒れた。受賞で失いつつあった自信を取り戻したと話す。
 入選作「逝(せい)」は、ルームシェアをして暮らす2組のカップルの日常を描いた。互いの恋人が出勤した後、売れないミュージシャンと女子学生が紡ぎ出す「恋人未満」の関係。子供向けの中国漫画とは一線を画す内容だ。
 故郷の山西省の小さな街で、6歳の時にギリシャ神話を題材にした格闘漫画「聖闘士星矢(セイントセイヤ)」を読み日本漫画のとりこに。12歳で漫画を描き始めた。1990年代に中国で大ブームとなった高校バスケットボールの漫画「スラムダンク」の作者、井上雄彦を師と仰ぐ。

毒

 中国での日本漫画の歴史は、故手塚治虫の「鉄腕アトム」が、外国アニメとして初めて放映された80年代初めにまでさかのぼる。
 「アトムが始まると、通りには人っ子一人いなくなりましたよ」。手塚プロダクション関連会社「北京写楽」の幹部、華平(か・へい)(43)は振り返る。
 「一休さん」「ドラえもん」「ドラゴンボール」「名探偵コナン」。中国で放映され、ヒットしたアニメは数え切れない。同時期に台湾や香港で翻訳された1冊数元(1元は約14円)の海賊版漫画本が大量に流入した。
 どうしてこうも日本漫画が受けたのか。華は「幅広い年齢層が楽しめるストーリー性があるから」と分析する。
 恋愛や性、暴力、権力への抵抗。共産党政権下では「規制対象となりかねない内容」が、日本の作品では自由に描かれる。「物語を面白くするのはちょっとした『毒』。潔癖な中国的英雄が活躍する作品なんて、誰も見たくないでしょ」
 欠点だらけだが、人間的な魅力にあふれた日本漫画の主人公。華は「漫画ファンが日本好きとは限らないが、漫画が日本への関心を高めているのは確かだ」と話す。
 90年代に江沢民(こう・たくみん)国家主席(当時)が強化した愛国主義教育の下で育ち、2005年の反日デモの中心となった世代にも日本漫画ファンは驚くほど多い。「かつて日本の若者がジーンズ姿で反米運動をしたのと同じ」。王敏(おう・びん)・法政大教授(比較文化論)は「ネットで情報収集する中国の若者の日本観は反日一辺倒でなく多元的だ」と分析する。

懸念

 日本のサブカルチャーの席巻に危機感を抱いたのだろう。
 中国政府は04年から既存のアニメ制作会社などを相次いで「国家動画産業基地」(約20カ所)に指定、納税優遇措置を設け、国産アニメの統制と保護・育成に乗り出した。制作は許可制とし、06年9月には夜のゴールデンタイムに外国アニメを放映することを禁じた。
 中国のアニメ市場は5億人ともいわれる。華は「中国固有の文化が失われること、将来性のある市場が日本に独占されることを懸念したのではないか」とみる。
 「孫が見るのは『ウルトラマン』ばかり。もっと中国アニメを見るべきだ」。今年3月、湖北省のアニメ会社を視察した温家宝(おん・かほう)首相はこぼした。昨年制作された国産アニメは249作品。量は増えたが、ヒット作はほとんどないのが実情だ。
 基地では定められたノルマと「内容基準」を満たしさえすれば、給料は保障されるため、志ある人材が育たない。
 「基地なんて何の役にも立ちませんよ。金や規制を気にしていたら自由な発想は生まれない」。しびれを切らした華は、若手育成を目指しアニメーター講座を開設した。
 尹は国の基地には属さず、広告デザインのアルバイトをしながら創作を続けている。「政治や商業に関係なく、描きたい物を描きたいんだ」。名刺の肩書はその決意の表れだ。

編集後記

コスプレも大人気 時代の閉塞感背景に

 中国で若者を中心にコスプレがブームだ。13億の人口を抱える中国は、コスプレ大会の規模もけた違い。中央、地方政府が主催する国内最大級の大会「China Joy」には昨年、約7200人が出場、観戦者はネットなども含めると約600万人に上った。
 北京第二外国語大の漫画サークルの女性部長、王也(おうや)(19)の趣味もコスプレ。「少年役が好み」で、1カ月800元(約1万1千円)の小遣いの半分近くを衣装代に費やす。部員らも「漫画やゲームのキャラクターになりきるのが快感」と話す。
 中国でコスプレが広まり始めたのは、日本漫画の人気が高まっていた1990年代後半。ゲームやネット業者などの参入で次第に規模が拡大し、今では若者の「自己表現」の場であると同時に、一大市場に成長した。
 中国のコスプレは漫画の登場人物に扮(ふん)するだけでなく、チームを組んで20分程度の「劇」を上演するのが特徴だ。衣装や舞台係も含めると、1チームが300人近くになることもある。王も大会出場を目指し、部員有志らと脚本づくりやコスプレ劇の練習に励む。
 改革・開放政策で豊かになったが、大学生の就職難が社会問題化するなど競争は激しくなり、閉塞(へいそく)感がただよう。華平は「(実生活で満たされない)ヒーロー願望が、中国の若者をコスプレに駆り立てているのかもしれない」と分析している。(文 花田仁美、写真 京極恒太、文中敬称略)=2009年6月3日

 「地球村」の人びとは今、何を喜び、なにゆえに悲しみ、日々の暮らしを送っているか。「@LOVE」では世界各地のラブストーリーを紹介。このほか「@コリア」「@チャイナ」「@アメリカ」「@その他地域」と五週を一クールとするこの企画では、地域ごとに主人公やテーマを立て、「今を生きる」人間模様を描く。

secondpicture

自宅の作業部屋で漫画を描く尹川=北京郊外

つぶやく 中国について