手紙と電話で愛を紡ぐ

スパイ罪受刑者の妻たち 米判決に国際的批判も

 米国で身柄を拘束され二年が過ぎた夫から初めての手紙が妻アドリアナ・ペレスに届いたのは、2000年11月だった。
 「日の光がなかった時も、僕は平気だった。いつも心に君がいた」。懲罰房に一年半近く入れられていた時に作った詩。夫の過酷な状況を初めて知った。だが手紙は、出会ったころと変わらない優しさに満ちていた。この人の妻であり続ける。あらためて誓った。
 アドリアナの言葉がふいに詰まり、大きな黒い瞳から涙がこぼれ落ちた。「いつも笑っていてくれ、と彼は言うんだけど。あの手紙を受け取った日は泣き続けた」。キューバの首都ハバナで暮らす彼女は今、39歳。夫に会えないまま11年間が過ぎた。夫ヘラルド・エルナンデス(43)はロサンゼルスの刑務所にいる。

「英雄」の妻

 ヘラルドはキューバ情報機関員で、任務は亡命キューバ人らの活動を米フロリダ州マイアミで監視することだった。だが、1998年9月、米連邦捜査局(FBI)がヘラルドら同じ任務のキューバ人計5人を逮捕、スパイ共謀罪などで訴追した。5人は「米国の安全保障を脅かす活動はしていない」と主張したが、2002年12月、全員が禁固15年から終身刑の有罪判決を受けた。
 5人に対する長期の懲罰房への収監や弁護士との接見禁止、検察側の立証が不十分だったにもかかわらず下された重い刑をめぐっては国際的な批判も強い。
 キューバ政府は5人に「英雄」の称号を与えたが、その妻や母らは「栄誉」よりも「夫、息子を取り戻したい」と苦しみ、もがき続けている。
 学生だったヘラルドにアドリアナが出会ったのは16歳の時。通学途中のバス停だった。彼は毎日のように、自宅近くで摘んだバラを手に待っていた。バラがない時は自作の詩。2年後の1988年7月、二人は結婚。「大学を卒業したら子供を」。幸せだった。
 だが、結婚して間もなく夫はボランティア兵としてアンゴラへ。94年からは「仕事と勉強」のためと言ってアルゼンチンに出掛けた。年に2度の休暇を共に過ごすだけだったが、月に1度、届く手紙には二人の将来の夢がつづられていた。
 98年1月、アドリアナの誕生日と結婚十年を祝い、二人はハバナの写真館で写真を撮った。それが夫と抱擁を交わした最後となった。
 米国での逮捕を知らされて「一瞬で人生が変わった」。それまで夫の仕事についてはほとんど知らなかった。夫はどうなるのか。裁判が始まっても情報が届かず、同居する義母、自分の母と折れそうな心を支えあった。
 「心配するな。守るべき大義があり、愛する人がいればどんな困難にも立ち向かえる」。判決前のヘラルドの手紙にはそう書かれていたが、判決は「終身刑2回プラス15年」。

2回とは恩赦などで1回分が減刑されても、なお終身刑が残ることを意味する。  判決直後、米国渡航の査証が発給され、アドリアナは一人、ヒューストン空港に飛んだ。だが、入国審査時にFBI捜査官が言った。「夫に会いたいなら米国に亡命を申請しなさい」。「できない」と断るとキューバに送還された。以来、9回の査証申請は一度も認められていない。

色あせない思い出

 ヘラルドは週に一度は電話をかけてくる。「話すと彼が遠い刑務所にいることを忘れる。この前は、会った時に私を抱き上げられるようトレーニングを始めるなんて言っていた」。手紙と電話だけで愛を紡ぎ続けた11年間で、きずなはむしろ強まった。
 いつか子供を、という希望は捨てていない。涙が出そうな夜は、二人で過ごした日々のことを考える。刑務所のフェンスの前に立つ夫の写真をアドリアナは誇らしげに見せた。「私の命の半分以上は彼のものなの」
 苦しみは「5人の英雄」の家族に共通のものだ。米政府に釈放を求め続ける家族の訴えに、国際的な支援の輪も広がりつつある。オバマ政権の誕生で米外交政策にも変化の兆しがある。だが、アドリアナと同じく、夫が終身刑を受けたエリサ(40)がぽつりと言った。「家に戻ると彼はいない。わたしは一人。空虚な気持ちになるの」

編集後記

背景に両国の憎悪の歴史 事件の構図は複雑か

 キューバの首都ハバナには、至るところに「5人の英雄」の釈放を求めるポスターや看板があった。

今年1月、5人は米連邦最高裁に上訴。キューバのラウル・カストロ国会評議会議長は「5人を釈放すれば、国内の政治犯200人を釈放する」とも述べている。
 2005年5月、国連人権委員会(現理事会)は判決は不公正として米国に是正を求めた。米国がアドリアナたち妻に査証を発給しないのは国際法に反すると人権団体は批判。9人のノーベル賞受賞者、英国などの国会議員、日本の弁護士らも釈放などを求めている。
 事件の背景には、キューバと米国の「憎悪の歴史」も絡んでいる。1959年、フィデル・カストロ前議長はチェ・ゲバラらと共に親米政権を打倒。62年から米国はキューバへの経済封鎖を続け、米中央情報局(CIA)などがカストロ前議長を標的とした暗殺未遂事件は六百件に上るともいわれる。在米の亡命キューバ人らの組織も、航空機爆破などのテロにかかわってきた。
 一方、5人の逮捕の背景には、米国との緊張関係を維持し、国内を引き締めようとする「カストロ前議長の思惑」があったとの見方もある。キューバに詳しい日本の識者は「結果的に5人の逮捕につながる情報を、キューバ側が米側に渡した事実も確認されている」と指摘、「事件の構図」は単純ではないとしている。(文 舟越美夏、 写真 関根孝則、文中敬称略)=2009年5月27日

 「地球村」の人びとは今、何を喜び、なにゆえに悲しみ、日々の暮らしを送っているか。「@LOVE」では世界各地のラブストーリーを紹介。このほか「@コリア」「@チャイナ」「@アメリカ」「@その他地域」と五週を一クールとするこの企画では、地域ごとに主人公やテーマを立て、「今を生きる」人間模様を描く。

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ハバナの海岸で、米国方向の海を見つめる2人の女性。夕方、辺りを覆っていた厚い雲間から、太陽が強い光を放ち始めた。スパイ容疑で逮捕された5人のキューバ人は、海の向こうの国の刑務所に収監されている

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