ハンミの「青い鳥はどこに」

両親離婚、独り寝の毎日  出前に食傷、縄跳び大好き

 「アッパ(お父さん)、新しいオンマ(お母さん)は心がよい人だったら、そんなにきれいでなくてもいいから。アッパが気に入ったら連れておいでよ。毎日、けんかばかりするのは嫌だよ」
 久しぶりに会ったハンミ(8)の父、キム・グァンチョル(33)は、最近、ハンミが自分にそんなことを言うんですよと言いながら、少し悲しそうに「ハ、ハ、ハ」と乾いた声で笑った。
 2002年5月8日に瀋陽の日本総領事館に駆け込み、韓国に亡命したキム・ハンミ一家の現状を知りたくてソウルのアパートを訪ねた。2歳だったハンミは、今は小学2年生だ。
 02年5月下旬、韓国に亡命し、同年8月からハンミと両親は韓国南部の全羅南道・順天に住んだ。祖母と叔父はソウルに住んだ。
 キム夫婦は05年3月には順天の人々の支援で結婚六年目にして結婚式を挙げた。「実は、そのころからおかしくなっていたんです。中国であんなに苦労をして、ようやく韓国に来て、すべてうまくいっていたのに」
 06年4月に訪米、拉致被害者、横田めぐみさんの母、早紀江さんたちと一緒に一家三人でブッシュ米大統領に面会して北朝鮮の惨状を訴えた。
 関係者によると、母親のリ・ソンヒ(34)は「米国政府から支援金をもらったが、それが届くまで貸してほしい」とうそを言って知人から金を借りた。告訴され捕まったが、示談でようやく釈放された。

苦悩の末、上京

 「うしろで妻をそそのかした人間がいるんですよ。苦労してためた金まで持ち出した。一緒に苦労したが、クレーンが家を壊すように、家庭を根こそぎぶっ壊した。『今からでも遅くないからやり直そう』と言ったが無駄だった」
 「あいつを殺して自分も死のうかと思った。命懸けで北を脱出して、あんなに苦労して韓国に来て。幸せにならなくては、成功しなくてはならないのに。約半年、酒を飲んでぼうっと窓だけ見て暮らしました。それがとてもつらくて、これじゃ駄目だ、やり直さなければと思ってね」
 キムは07年初めに妻と離婚。順天を離れ、同年5月に上京した。リの行方は分からない。「どこかで幸せになっていてくれればよいが、そんな感じでもない」
 ソウルでの父と娘の新生活。キムは最初はコンピューターのLAN回線の工事の仕事をしたが収入にならず、警備会社に就職。
 「職場では私を脱北者でなく韓国人と思っている。警備の仕事だけでなく、運用システムや設備の改善の提案などもした。最初は新米が何をやってやがると反発されたが、今ではみんなが私を認めてる」。わずか入社八カ月でチーム長に。今は約15人の部下がいる。月収も約200万ウォン(約13万円)になった。

警備が仕事のために夜8時から朝8時までが勤務時間だ。徹夜で勤務し、家に帰り朝食をつくり、ハンミを学校に送り出して3、4時間眠る

ハンミがいるから

ハンミは父のいないアパートで独り寝の毎日だ。困っているのは食事だ。ついつい、出前などに頼ってしまう。「あまりにも出前ばかり食べて、ハンミは韓国の子どもたちが大好きなジャジャン麺(みそソバ)や酢豚が大嫌いになってしまった」という。家庭料理に飢えているのだ。
 訪ねた部屋のソファの上には洗濯物が山積みになっていた。久しぶりに会うハンミに人形などの贈り物を持って行った。「おじさん、次に来る時はサンタクロースの服着て贈り物また持って来て」と笑った。
 小学校でハンミが北朝鮮を脱出した両親の子供だと知っている子はいない。縄跳びや折り紙が大好きだ。「学校の先生は『内向的だけど活発』と言っています。自分の心を完全にオープンはしないが、自分を少し隠しながら活発な子です」
 キムは「大変な苦労をしてきたが、私はいい。ハンミがここにいるからがんばれる」と言う。
 ハンミの漢字表記は「韓美(ハンミ)」だ。「韓国の美しい娘に育ってほしい」という願いが込められている。ハンミの「青い鳥」はどこにいるのだろうか。

編集後記

 韓国に適応できぬ脱北者 所得、一般市民の3分の2

北朝鮮を脱出して韓国に亡命した北朝鮮住民は昨年8月末までに一万4千人を超えた。だが、脱北者の亡命が増えるにつれて深刻化するのは、社会へ

の適応の難しさだ。
 キム・グァンチョルは「しゃべればアクセントですぐ北の人間と分かる。米国で黒人を差別するように、韓国でも脱北者への差別がある。最初は同情するが、その次は最下層の人間として差別する」と指摘する。
 韓半島平和研究院の調査によると、韓国に定着した脱北者の2007年の平均月間所得は140万1900ウォンで韓国の一般市民の平均月間所得 211万ウォンの3分の2程度。正社員は34・9%にすぎず、無職が3分の1を占めた。
 脱北者の多くは資本主義社会の仕組みを知らず、簡単に詐欺に遭う。酒におぼれたり賭博に走る人も多い。
 キムは「一生懸命やれば良い暮らしができる。だから一生懸命やれ。間違いなく正しい言葉だ。だけど、一生懸命やっても楽にならないことがあまりに多い。それが問題なんです」と嘆く。
 キムは「北朝鮮で食べ物もないすさまじい生活を体験した。それを考えれば満足しなければいけないのかもしれない。でも、満足出来ないんですよ、人間ってやつは」とつぶやいた。

(文・写真 平井久志)
=2009年1月14日

 「地球村」の人びとは今、何を喜び、なにゆえに悲しみ、日々の暮らしを送っているか。「@LOVE」では世界各地のラブストーリーを紹介。このほか「@コリア」「@チャイナ」「@アメリカ」「@その他地域」と5週を1クールとするこの企画では、地域ごとに主人公やテーマを立て、「今を生きる」人間模様を描く。

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2002年5月8日、中国・瀋陽の日本総領事館に亡命を求めて駆け込み、武装警官に取り押さえられる母を見つめるハンミ

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