故郷は厳寒の基地

「自分は歴史の一部」 “宿命”背負った8人

 難産だった。アルゼンチン軍政(1976〜83年)末期、南極に間もなく厳寒の真冬が訪れる83年5月。太陽は昇らず、暗い基地の外にはたたきつけるような風が吹き、発電機が止まるたびに手術室は暗闇に包まれる。本土から送り込まれた医師団は帝王切開を決断した。3200グラムの女の子が産声を上げると、疲れ果てた母は喜びをかみしめ、眠りについた。
 母となったアンドレア・ブラス(56)が南極半島にあるアルゼンチンのエスペランサ基地に移住したのは82年3月、9年間交際した軍人の恋人ウゴ・コセンサ(57)と結婚するためだった。市役所職員のブラスは軍に掛け合い、基地内のラジオ局アナウンサーになる研修を受け、派遣された。
 エスペランサ基地は今も家族向けの基地で、学校もあり、未成年者を含む8〜10家族が暮らす。大人は全員に任務があり、独身女性の派遣は認められていない。

太陽の子

 基地に到着した日に2人は式を挙げ、その翌年に生まれたのがソル・コセンサ(29)だった。
 南極では太陽光が貴重だ。「太陽のように元気に育ってほしい」との思いを込め、太陽を意味するソルと名付けた。
 一家は84年、任期を終え本土に帰任した。生後9カ月だったソルは当時のことを何も覚えていない。「極地での出産はリスクも大きかった。だが、国のためにも産んでもらいたかった」とウゴ。一方、「夫と一緒だから怖くはなかった。映画みたいなラブストーリーでしょ」とブラスは笑う。
 同国軍政下で南極生まれの“宿命”を負わされた子どもは8人いる。天然ガスや鉱物資源が豊富な南極の領有権主張に利用するため、軍政は78年以降、妊娠中の女性たちを基地に連れて行き出産させたが、南極で妊娠したのはブラスだけだ。
 19世紀から20世紀前半にかけ、南極に探検隊を送り込んだ各国は南極の領有権を主張。中でも西経25度から74度の領有を主張するアルゼンチンは“自国領土内”の南極半島近辺に次々と20カ所以上の基地を建設した。

 59年締結の南極条約で、各国は南極半島を含む南緯60度以南での領有権主張凍結を定めた。だが、アルゼンチン軍政はこれを無視し、エスペランサ基地で軍人夫婦らに子どもを産ませた。その軍政は82年に英領フォークランド諸島への侵攻に失敗して影響力を失い、83年末に民政移管する。

夢は生地再訪

 「出生地 エスペランサ」。軍人だった父の死後、スペインに移住したホセ・バジャダレス(32)は、英国も一帯の領有権を主張していることに目を付けて英国籍を取得した。パスポートの出生地欄にはアルゼンチンの基地が記載されている。
 米国に住みたかったのだが、中南米出身者が在米資格を取得するのは至難だ。「アルゼンチンの出生書類を提出して電話で面談しただけで、間もなくパスポートが送られてきた」。フォークランド紛争から30年。さや当ては今も続いており、国籍付与には英国のプライドも見え隠れする。
 軍人、研究者、海外移住…。8人の人生はさまざまだ。一度でいいから生まれ故郷に行ってみたい—、バジャダレスらに共通する夢は「南極に行くこと」だが、南極を再訪できたのは首都の南極関連機関で働くソルと政府に招待された南極生まれ第1号の男性だけだ。
 今もアルゼンチンは南極に基地13カ所を運営しているが「コストとリスクが大きく、基地での出産はもう認めていない」(軍関係者)。国家ぐるみで出産させた軍政時代のような支援もない。
 「生まれてすぐ民政になった。南極で生まれて得したことも損したこともない」とソルは言う。2005年、基地に派遣され、自分の出生記録を見つけた。「初めて故郷を実感できた。それまでは出生書類に書いてあるだけだった」。淡々と語る表情に屈託はない。
 故郷に行き「自分は国の歴史の一部で特別な存在だと思っていた」ことに気付いた。だが恋もするし仕事にも悩む。「何一つ特別なことはない。私はどこにでもいる普通の人間よ」

ライン

 軍政と民政移管繰り返す 左右に揺れた南米現代史

 南米諸国の現代史は軍事政権と民政移管の繰り返しだ。アルゼンチンでは1946年、「エビータ」の愛称で知られるエバを2番目の妻にした将校フアン・ペロンが軍事独裁政権を樹立。その後もクーデターと民政移管が繰り返された。
 76年に発足した軍事独裁政権は民主活動家弾圧が特に厳しく、83年までに拷問や虐殺で約3万人が行方不明になった。妊娠中の活動家は子供を産むまで殺されず、生まれた赤ん坊は軍人家庭などに略奪された。
 アルゼンチンの隣国チリでは、70年の選挙で社会主義政権が誕生した後にクーデターで発足したピノチェト軍事政権(73〜90年)が活動家を弾圧。84年以降、南極の基地で少なくとも3人の子が生まれたとされる。南極領有権を主張する両国では、今も毎日、南極の天気予報が伝えられる。
 右と左に大きく揺れた歴史の背景には、キューバ革命の波及を恐れた米国による各国軍隊の水面下での支援がある。一方で、共産勢力は各国の左翼ゲリラを支援し、南米の民衆らは冷戦の代理戦争に巻き込まれてきた。
 共産国の影響低下後、穏健左派政権が増えた現在は資源や食糧価格上昇により経済成長が続き、左翼ゲリラは目立たなくなりつつある。アルゼンチンやチリ、ウルグアイ、ブラジルでは、軍政の犯罪を問う動きも進んでいる。(文・写真 遠藤幹宜、敬称略)=2012年11月28日

「地球村」の人びとは今、何を喜び、なにゆえに悲しみ、日々の暮らしを送っているか。「@LOVE」では世界各地のラブストーリーを紹介。このほか「@コリア」「@チャイナ」「@アメリカ」「@その他地域」と五週を一クールとするこの企画では、地域ごとに主人公やテーマを立て、「今を生きる」人間模様を描く。

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アルゼンチンの首都ブエノスアイレスにある軍の南極関連施設で質問に答える部隊の軍人。後ろの壁には、アルゼンチンなど各国の領有権主張地域を示した南極の地図が描かれていた