菩提樹に託す願い

異宗教間の相互理解を  25年間の内戦の果てに

 まだ幼い 菩提 (ぼだい) 樹が柔らかな朝の陽を浴びる。内戦時代は激戦地だった北部ムライティブの仏教寺院で、タミル人のヒンズー教僧侶ジャガディーサ(35)が菩提樹に両手を合わせていた。
 傍らで、オレンジ色のけさをまとったシンハラ人仏教僧が祈りをささげている。終えると、敵対してきた宗教の指導者同士がほほ笑み合った。
 「違う民族に生まれ別の宗教を信じている、それだけのことだ」
 仏教寺院の隣ではヒンズー教寺院の建設が進む。昨夏、植えた菩提樹はやがて二つの寺院を見守る大樹となるだろう。「そのときはこの国に真の平和が訪れていてほしい」。願いを込めて、ジャガディーサは菩提樹に「融和の象徴」と名付けた。
 仏教徒中心のシンハラ人と、ヒンズー教徒中心のタミル人。スリランカではこの民族対立から、2009年5月まで約25年間も内戦が続いた。

絆

 ムライティブから車で約2時間、ジャガディーサの故郷ジャフナは反政府武装勢力「タミル・イーラム解放のトラ」の本拠地だった。壁に無数の弾痕が残り廃虚のような家屋が点在する。内戦の傷痕はまだ生々しいが、避難していた住民が少しずつ戻り始めている。
 「失われた絆を取り戻したい」。ジャガディーサは青年会や婦人会を立ち上げた。住民自身が復興への課題を話し合い、問題を共有するのが狙いだ。内戦で負った心の傷を住民同士で語り合うカウンセリングも始めた。
 スポーツや演劇など娯楽には特に力を入れた。試合や発表の場を設けることで目的意識や結束が強まるからだが、集まるのはタミル人ばかり、絆の復活には程遠い。
 あるとき、演劇の発表会に内戦時代の「敵」シンハラ人を参加させてみた。予想通り、住民は猛反発したが、ジャガディーサは「まず相手を知ることが大切だ」と懸命に説いた。同じ体験を共有することが信頼醸成につながる—との思いだった。

裏切り者

 内戦終結から間もない09年8月、スリランカの仏教、ヒンズー教、キリスト教、イスラム教の指導者がタイ南部に集まった。「お互いの宗教について理解を深める」ことが目的だったが、4宗教指導者が一堂に会するのは極めて異例だ。
 ヒンズー教の代表の一員として参加したジャガディーサは当初、疑心暗鬼で他の参加者に「朝は何を食べるのか」と尋ねることしかできなかった。約1カ月、寝食を共にして、今までになかった感情が芽生えてきた。言葉も通じないタイで、他の参加者の助けがなければ買い物すらできない。「外国に出て初めて、自分たちが同じスリランカ人だと気付いた」
 以来、宗教を超えた民族の融和を強く意識するようになった。
 ジャガディーサは自ら仏教寺院に出向いて仏教僧に教えを乞うた。身内からは「裏切り者」と批判された。内戦時代にシンハラ人警官から暴行を受けたため「今でも警官と話しただけで震えが止まらない」とも言う。彼自身、不安を乗り越えようとしているのだ。
 宗教や民族の違いが招いた憎しみの連鎖。「内戦は終わった。しかし、まだ人々の心にわだかまりは残っている」
 今年9月、再び4宗教の指導者が集まった。近況を報告し、共に進もうとする気持ちを確認した。「『復興に伴う宗教行事で忙しい』とこぼし合えたことがうれしかった」とジャガディーサ。
 キリスト教神父のプラハーサ(57)は「最初はためらいもあったが、彼はキリスト教徒の避難民も差別なく支援してくれた。今は、宗教を超えて協力することが私たちに課せられた試練だと思う」と語る。「相互理解が大切だ。宗教には本来、人々を融和させる力があるのだから」と言うのは仏教僧のカリヤーナティッサ(47)だ。
 本名ラクシュミーカーンダム・アイヤル・ジャガディーサ・クルッカル。ヒンズー教の聖職に就くことが唯一許される高位のカーストに生まれた。宗教対立に 翻弄 (ほんろう) されたスリランカで、宗教指導者だからこそ真の平和を導けると信じている。

ライン

 内戦時に160万個の地雷 8割を除去、進む再定住 

 スリランカ内戦では8万〜10万人が死亡し、数十万人の国内避難民が発生したといわれる。内戦終結後、避難民を本来の居住地へ戻す「再定住」を進める上で、大きな障害となったのが内戦時代に埋設された地雷だった。
 スリランカ政府などによると、内戦時に埋められた地雷は推計約160万個。政府は軍や国連、非政府組織(NGO)などと協力して除去にあたり、これまでにようやく約8割を除去した。
 2009年5月の内戦終結から3年以上が経過した。避難民の規模の大きさを考慮すれば、「再定住はすさまじいスピードで進められた」(日本政府関係者)と評価する声がある一方、当初計画からの遅れも指摘されている。
 政府関係者は、地雷除去が困難だった理由を「交戦した政府軍と反政府武装勢力のタミル・イーラム解放のトラが無造作にジャングルなどに埋めたため」と指摘。場所の特定が難しく、除去作業を慎重に進める必要があったことを挙げている。
 地雷除去作業の進展で避難民の再定住も進み、9月下旬には北部バブニヤにあった最後の避難民キャンプが閉鎖された。今後は復興に向けた国民和解が課題となる。
 スリランカ政府は今年7月、復興に向けた行動計画を発表。期限を設け、人権保護や国民和解プロセスに力を入れている姿勢を強調している。(文 本間麻衣、写真 浮ケ谷泰、文中敬称略)=2012年11月21日

「地球村」の人びとは今、何を喜び、なにゆえに悲しみ、日々の暮らしを送っているか。「@LOVE」では世界各地のラブストーリーを紹介。このほか「@コリア」「@チャイナ」「@アメリカ」「@その他地域」と五週を一クールとするこの企画では、地域ごとに主人公やテーマを立て、「今を生きる」人間模様を描く。

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内戦時代に破壊された建物の前でバスを待つ住民。壁には埋設された地雷に注意するよう呼び掛ける張り紙があった=スリランカ北部ジャフナ