視野広がり意識解放

岐路ごとに背を押した父  燃え尽きるまでとことん

 9シーズン、240試合1115イニング登板、78勝57敗、556奪三振、防御率2・872。
 韓国プロ野球で活躍した在日3世、SKワイバーンズのピッチングコーチ、崔一彦(チェ・イルオン)(47)の現役時代の通算成績だ。防御率は韓国プロ野球で歴代第8位を誇る。
 山口県山陽小野田市に生まれた。両親はともに在日2世。子供時代は「山本一彦」として育った。小学校で自分から「おれは朝鮮人だ」と宣言。だが、ドッジボールのクラスマッチの判定で相手に抗議したら「朝鮮は黙っとれ」と言われた。「朝鮮」という言葉がずっとトラウマ(心的外傷)になった。
 崔は「そのトラウマで『延長戦(えんチョーセン)』という言葉すら嫌だった。そのせいで、自分は延長戦に弱い」と冗談まじりに、少年時代を振り返る。
 母からは「日本のよい企業には就職できないからね。日本の女の子と結婚したら駄目だからね」と繰り返し言われた。
 地元の名門、下関商業高校に入りエースになった。ギャンブルにふけっていた父が、息子の姿を見て生活態度を変えた。
 中国大会で優勝し、高3の春に甲子園選抜大会に出たが、2回戦で、優勝した箕島高に敗れた。
 専修大が選抜大会の崔を見て誘ってくれた。大学卒業の時に社会人野球の名門、西濃運輸に入社が内定。「うちで2年くらいやれば中日とは関係があるから」という言葉も魅力的だった。

タワケ

 1982年に韓国でプロ野球が始まったことも知らなかったが、卒業直前に「韓国のプロ野球を見に行こう」と誘われた。ソウルに到着したらOBベアーズの球団事務所に連れて行かれて契約書を見せられた。「自分は西濃に決めています。契約しません」と断った。だが、その夜、入団を希望していた別の在日韓国人選手が「おれ一人を置いて帰るのか」と崔を責めた。日本の父に電話で相談すると韓国行きに賛成した。
 韓国行きが決まり、専修大野球部のチームメートが送別会を催し、韓国歌謡の「離別(イビョル)」を歌ってくれた。「韓国人だということをみんなが知ってたことをその時、初めて知りました。そんなあいつらが『離別』を歌ってくれた時、泣いてしまいました」と語る崔の目は潤んでいた。
 84年に韓国に来たが韓国語は全くできなかった。「もう一杯ください」という韓国語ができず食事も十分に取れなかった。

 毎日「バカヤロー」と叫びたい気持ちだった。だが、「バカヤロー」は韓国人にも分かるので、専修大時代の名古屋出身の友人が乱発していた「タワケー」を叫び、うっぷんを晴らした。

エースになり断念

 新人で9勝を上げ、2年目は10勝。この時に「日本のプロへ行く。日本へ帰るから辞めさせてくれ」と頼んだが、球団は退団を認めなかった。
 翌年、19勝4敗、勝率8割2分6厘、防御率1・58というすばらしい成績でエースになり「これでもう日本へ帰れなくなった」という。
 父は1年に何度かふらっとやって来た。下関から関釜フェリーで釜山に来てセマウル号でソウルに来て息子のゲームを見て帰った。「変なおやじですよ。話もしないで帰るんですから」。
 ひじを壊し、93年、OBで投手コーチに就任した。95年、先発ピッチャーを中五日で起用するローテーションを韓国で最初に導入し優勝。2000年にはスポーツ紙の選ぶ「コーチ賞」も受賞した。韓国人女性と結婚し一男一女をもうけた。
 崔は「日本でやりたい気持ちもあったけど、今は韓国に来て良かったんだと思います。韓国に来て視野が広がった。どの国の人間かということにこだわる意識から完全に解放されました。おれはおれだというふうになれた」と語った。
 そして「韓国へ来る時もおやじが『やめろ』と言ってたらやめてた。結果的におやじに背中を押されたのかな」と岐路ごとに自分の背を押した父の存在を語る。
 「韓国で燃え尽きたら両親のいる日本へ帰ります。日本で学生野球の指導をするとか。でも、とことん最後まで野球をやりたいです」

編集後記

国際大会に燃える 縮まった日韓の力の差

 韓国でプロ野球が始まったのは1982年。創生期には張明夫(チャン・ミョンブ)(福士明夫、広島などに所属)や金日融(キム・イルユン)(新浦寿夫、巨人などに所属)など多くの在日韓国人選手が活躍したが、そのほとんどは韓国の地を去った。
 崔一彦(チェ・イルオン)は現役引退後も韓国プロ野球にコーチとして残り、 韓国プロ野球がワールド・ベースボール・クラシック(WBC)で日本と世界の覇を競うまでになる道を26年間ともに歩んだ。

 崔は「韓国人はアマチュアは韓国の方が日本より上だと思っています。だから、日本のアマ出身の自分は少しなめられた」と振り返る。
 「でも、日本でもう終わったと思われていた張明夫さんが韓国に来て83年にいきなり30勝ですから、プロは日本が上という意識を韓国人に植え付けた」
 「張明夫さんは愛していたからこそ、韓国のプロ野球を変えようとした。だが、すぐには無理で反発を招いた。逆に金日融さんはマイペースで接して受け入れられた」と当時を語る。
 今年3月のWBCでの韓国チームについて「教え子の選手もいましたが、今回はメンバーが集まってないので少し難しいかなと思った。でも、こいつら、ここまでやれるんだと思った。日韓の力の差は間違いなく縮まっている。韓国人は国際大会には燃えます。普段着の姿じゃないんですよ」と評価する。(文 平井久志、文中敬称略)=2009年5月13日

 「地球村」の人びとは今、何を喜び、なにゆえに悲しみ、日々の暮らしを送っているか。「@LOVE」では世界各地のラブストーリーを紹介。このほか「@コリア」「@チャイナ」「@アメリカ」「@その他地域」と五週を一クールとするこの企画では、地域ごとに主人公やテーマを立て、「今を生きる」人間模様を描く。

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