来れ!若手音楽家たち

「世界のオザワ」が指導  日本人が支えるアカデミー

 アルプスの山々から雪解け水が流れ込むスイス・レマン湖のほとり、中世のたたずまいを残すロールに、指揮者、小澤征爾(76)が2005年に開校したスイス国際音楽アカデミーがある。ひのき舞台を夢見る若手音楽家が世界中から集まりここで研さんを積む。
 プロとして活動する音楽家も「世界のオザワ」に憧れ、熱心に通う。講師陣は小澤が信頼を寄せる日本人音楽家らだ。世界を知る日本人が、クラシックの本場、欧州で若手の夢を育んでいる。

個性派集団

 小澤がギョロッとした目で生徒一人一人を見詰める。そんな小澤を見つめる生徒たちの真剣なまなざし。緊張感が漂う中にも「君たちは若い。私なんてもう年だから」と時々冗談を飛ばして場を和ませる。昨年6月のレッスン風景だ。
 「とても反論できないぐらいすごい人。自分のすべてを出し切ってやろうという気になる」。数々のコンクールに入賞しているバイオリン奏者、青谷友香里(26)も毎年、試験を受けて受講。このアカデミーを「個性の集まり」と形容する。
 毎年6~7月に行われるレッスン初日には、「われもわれもと自分の腕を自慢し『ものすごい音』を出す」が、仕上げのコンサートでは美しいハーモニーが出来上がる。
 講師の一人で世界的なビオラ奏者の今井信子(69)は「指揮に人生のすべてが出ている。だから生徒の個性をまとめ上げることができる」と小澤の魅力を語る。
 今井は自らもスイスを拠点に音楽家養成コースを主宰する。彼女に教えを受けた20代のハンガリー人女性は今年からアカデミーに参加した。「日本人には西欧人のようなエゴがない」というのが彼女のアカデミー評だ。
 小澤は今年、体調不良でレッスンには参加できなかったが、ほぼ毎日のようにインターネットを利用したテレビ電話で生徒たちを励ました。「今は台所にいるんだ。体は調子がいいし、毎日暇だからいつでも連絡しておいで」。生徒は「元気そうで良かった」と

体調を気遣いながら、「レッスンを受けられたらきっと素晴らしい体験ができたのに」と残念がる。

人生を表現

 小澤の代理を務めたのが、小澤と同じく若手指揮者の登竜門、フランス・ブザンソン国際若手指揮者コンクールで優勝した山田和樹(33)だ。昨年のレッスンで小澤が居合わせた作家、村上春樹(63)に紹介、「この子はすごいんだよ」と言わしめた存在だ。
 「2年前にレッスンに参加した時には『よーし』という感じだったが、今は肩肘張らずに、生徒たちと一緒に成長していければと思っている」と語る山田だが、ポスト・オザワと言われることには抵抗がある。「小澤さんの代わりはいない。できることをやるだけ」
 青谷は山田を「年齢も近いし、言葉で丁寧に教えてくれる」と評価する。その山田も青谷も「海外に出ないと音楽に深みが出ない」と口をそろえる。生活や文化を体験することで、小澤と同じように人生を表現できるようになると思っている。
 資金面で支えになっている日本人もいる。スイス北部バーゼルに長年住む野川等(69)は、若手音楽家育成アヤメ基金を創設、日本人だけでなく外国人の音楽家にも奨学金を提供してきた。「頑張っている子たちを一流の舞台に立たせたい」と、毎年約20人に1人当たり約100万円を支援。数々の国際コンクールで入賞した音楽家たちに「スイスのお父さん」と呼ばれる存在だ。
 野川もチェロをやっていたが、指をけがして断念しただけに、音楽家を育てることに生きがいを感じている。小澤とも長年の親交があり「彼に頼まれて面倒を見ることもある」と言う。オークションで落札したバイオリンを、目をかけたドイツ人バイオリニストに貸したことも。「今度は日本人の中学生に貸そうと思っているんだ」と野川。
 世界的な音楽家による指導だけでなく、生活面でも日本人による支援を受けられるスイスは今後も音楽家たちが巣立っていく場所であり続けることだろう。

日本人も世界に飛躍

国際コンクールで優勝続出

 若手の登竜門とされる音楽やバレエの国際コンクールで、日本人が優勝する快挙が続く。指揮や作曲部門での活躍も目立つ。2年に1度開かれるフランスのブザンソン国際若手指揮者コンクールでは、山田和樹に続いて昨年は垣内悠希(34)が優勝した。
 ショパン国際ピアノコンクールなどと並ぶ世界三大コンクールの一つ、ベルギーのエリザベート王妃国際音楽コンクールでも今年、酒井健治(35)が作曲部門でグランプリに輝いた。
 山田はこうした日本人の活躍を「海外を拠点にする強みを生かしている」と指摘する。自身も過去のブザンソンで入賞できず、海外に拠点を移した。「日本にいることが悪いわけではないが、海外では考え方や発想が違う。それを経験することが力になる」と語る。
 バレエの世界でも海外を拠点にする若手が活躍しているが、例外もある。今年のスイス・ローザンヌ国際バレエコンクールで今年優勝した菅井円加(18)は旅行も含めて、ローザンヌが初の海外経験だった。菅井は「これからは海外で活躍したい」と語っており、世界に飛び出す大切さを実感したようだ。
 世界のひのき舞台を目指す若手音楽家が集う小澤征爾の国際アカデミーは毎年6~7月に定期開校。毎回、試験で10カ国以上から約30人前後を選抜する。(文・写真 伊藤仁志、文中敬称略)=2012年08月29日

「地球村」の人びとは今、何を喜び、なにゆえに悲しみ、日々の暮らしを送っているか。「@LOVE」では世界各地のラブストーリーを紹介。このほか「@コリア」「@チャイナ」「@アメリカ」「@その他地域」と五週を一クールとするこの企画では、地域ごとに主人公やテーマを立て、「今を生きる」人間模様を描く。

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ジュネーブでの国際音楽アカデミーのコンサートで指揮を執る山田和樹。当日の朝、小澤征爾から「生徒一人一人と向き合うように指揮しなさい」とアドバイスを受けた