「素朴な日常」楽しむ

標高3千メートルの循環型生活 ラダックで古民家の宿経営

 「ボタンを押せば便利さが得られる生活とは違う素朴な日常。楽しいですよ」。柔らかな日差しが差し込む室内で、髪を三つ編みにした池田悦子(37)が快活に話した。
 インド北部ラダック地方のストック村。標高3600メートルの高地で、池田は少数民族ラダック人の夫スタンジン・ワンボ(32)と民宿「にゃむしゃんの館」を営む。トレッキングや観光のガイドをしながら、一人娘の花凜4)を交えた3人で旅人たちを迎えている。
 「ニャムシャン」とはラダック語で「賢人」を意味する。地元で呼ばれているワンボの家族の呼び名だ。
 ラダック人男性と結婚し、現地で暮らす日本人女性は、池田を含めて3人しかいない。

のめり込む

 氷河が残る6千メートル級の山々から吹き下ろす風に揺れるポプラ並木、畑一面の菜の花、ウシの鳴き声、満天の星…。心安らぐ夏の情景だが、自然環境は厳しい。
 富士山の9合目ほどの高地では、短い石段を登るだけで呼吸が荒くなり、旅行者は簡単に高山病になる。年間の雨量は極端に少なく、冬の気温は氷点下20度まで下がる。
 池田の民宿に電気が送電されるのは1日4時間。冷蔵庫も電子レンジもインターネットもない。上下水道も敷設されていない。道端の小川に流れる雪解け水と、手動ポンプでくみ上げる井戸水が生活用水のほぼ全てだ。
 まきストーブから出る灰と、くみ取り式トイレの排せつ物を肥やしにして、宿の畑では菜っ葉やジャガイモなどの野菜が育つ。その野菜を使い、ラダックの伝統料理を宿泊客たちに振る舞う。
 残飯は近所にあるワンボの実家に持ち込んでウシの餌にする。代わりに搾りたての牛乳を分けてもらう。ヨーグルトやバターは自家製だ。
 「別に原始時代の暮らしをしたいわけじゃない。大事なのは素朴さと便利さのバランス」と話す池田。宿泊予約の問い合わせやメールは、多機能携帯電話(スマートフォン)で対応している。
 池田は21歳から、南インドで先住民族の権利保護を支援する活動を始めた。想像を絶する貧困、身分制度カーストによる差別の中で生きるインドの民衆に、生身の人間の強さを感じた。

 大学を中退し20代は職を転々、働いて旅行資金をためてはインドに通った。「インドにのめり込むほど、通勤電車に乗り、会社でタイムカードをつける毎日が窮屈になった」

踏みとどまりたい

 インドを訪れるうち、ラダック人の生活や文化に関心を持った池田は2007年6月、ストックでワンボの親戚宅に3カ月間滞在した。そこでワンボに出会った。
 2人は恋に落ち結婚を誓った。池田は一度日本に帰国してあらためてストックを訪れ、ワンボの両親に2人で結婚の許しを請うた。だが、父に猛反対された。
 ラダックは約40年前まで外国人の入域が禁じられ、かつてはラダック人同士による一妻多夫の婚姻が主流だった。伝統的なラダック人社会に生きる父には、やがて家長になる長男のワンボが日本人の妻を迎えることが受け入れられなかった。
 それでも池田とワンボの意志は固かった。08年1月、酷寒のストックを飛び出して日本に。
 「赤ん坊の名は何という? いつ戻ってくるんだい?」。ふたりで日本へ戻って約1年、ワンボが「下のお父さん」と呼ぶ叔父が突然電話してきた。09年10月、2人はストックに向かった。
 1歳を過ぎた花凜を連れた池田とワンボを、父は過去を忘れたかのように温かく迎えた。「奇跡が起きたかと思った」。夫妻はやがてラダックでの定住を決意する。
 池田とワンボは昨年、廃虚となっていた民家を土と植物を使って改築し、民宿を始めた。建物はワンボの生家でもある。
 昔ながらの自給自足社会が変化しつつあるラダックで、古民家を再生することから新たな生活を始めた。
 「古いものを捨て便利さだけを追求する考え方から踏みとどまりたい」。池田の揺るぎない価値観だ。

かつて秘境、今は観光地

74年まで外国人の入域禁止

 インド北部ジャム・カシミール州の東に位置するラダック地方は、ヒマラヤ山脈やカラコルム山脈に囲まれた標高3500メートル前後の山岳地帯だ。独自の言語を用いるチベット系民族のラダック人が多く暮らし、大半がチベット仏教を信仰する。
 ラダック周辺にはパキスタン、中国との国境が未画定の係争地があり、インド政府は1974年まで外国人の入域を禁止していた。このためラダックは長く「秘境」といわれていた。
 かつて王国が栄えたラダックには、数百年前に建てられたチベット仏教のゴンパ(僧院)や王宮が数多く残され、74年の開放後は多くの外国人が夏の観光シーズンに訪れるようになった。周囲の標高5千~6千メートル級の山々の登山やトレッキングも人気で、最近では日本人観光客も増えている。
 ラダックの中心地で、人口2万~3万人とされるレーの町にはホテルや安宿が急増。中心部の大通りでは西欧人の旅行者が絶えず行き交い、インターネットカフェが数多く立ち並ぶ。
 一方で、観光地化や外国文化の流入は、主食の大麦などを栽培する農業や、乳製品を製造するための牧畜から成り立っていたラダック人の伝統的な生活に変化をもたらした。農業や牧畜をあきらめ、観光業やオフィスワーク、国境警備など軍関係の職に就く人も増えている。(文 砂田浩孝、写真 山本高樹、文中敬称略)=2012年08月22日

「地球村」の人びとは今、何を喜び、なにゆえに悲しみ、日々の暮らしを送っているか。「@LOVE」では世界各地のラブストーリーを紹介。このほか「@コリア」「@チャイナ」「@アメリカ」「@その他地域」と五週を一クールとするこの企画では、地域ごとに主人公やテーマを立て、「今を生きる」人間模様を描く。

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インド北部ラダック地方の山あいにあるストック村。5千~6千メートル級の山々を望み、ポプラ並木や菜の花畑が広がる