愛すべきか、恨むべきか

台湾人の矛盾がテーマ  売れっ子監督、魏徳聖

 「日本の統治だけではない。台湾人はずっと(外来勢力を)『愛すべきか、恨むべきか』という歴史的な矛盾の中で生きてきた。わたしは映画でその矛盾を解消したいと願っているのだ」
 日台の歴史をテーマにした映画を次々にヒットさせた台湾の監督、魏徳聖(42)=台北市在住=は慎重に言葉を選びながら自らの“映画哲学”を説明した。真剣な表情にクリスチャンの誠実な人柄がにじむ。
 2008年、日本が台湾を統治していた戦前から現代にかけての日台の男女の恋愛を描いたラブコメディー「海角七号」が大ヒットした。
 昨年は1930年10月に霧社(現南投県仁愛郷)で起きた抗日蜂起、霧社事件を描いた映画「セデック・バレ(真の人)」を公開。2部構成で計4時間半もの大作だったが、興行収入は前作の最高記録を塗り替え、8億8千万台湾元(約24億円)に達した。

民族の尊厳

 台湾中部の静かな山あいで起きた凄惨(せいさん)な事件では、先住民セデック族が日本の圧政や強制労働への不満を爆発させ、日本人住民134人を殺害。日本側の鎮圧や集団自決でセデック族約千人が犠牲になった。
 魏は十数年前、霧社事件を描いた漫画を読んで「血がわき上がる興奮」を覚えて以来、テーマを温め、2000年には脚本を書き上げていた。
 「弱者のセデック族は民族の尊厳、信仰と伝統を守るため命を投げ出して、強者の日本に立ち向かい、そして散っていった。それは未開と文明との衝突だった」
 台湾の歴史を描いた映画がヒットする背景には、近年の台湾人意識の高まりがある。多くの観客は“侵略者”日本に戦いを挑んだ蜂起のリーダー、モーナ・ルーダオに声援を送った。
 セデック族は山の狩猟民族として「地の利」を生かして刀や弓で果敢に戦ったが、最後は近代兵器を持つ日本の警察・軍に鎮圧された。

 笑いあり涙ありの前作とは対照的な重苦しいテーマ。セデック族は首狩りの風習を持ち、映画の中では何人もの日本人の首が飛ぶ。血なまぐさい場面の連続に「やりすぎだ」「反日的」との批判も出る問題作となった。
 「歴史そのものが血なまぐさい。決して反日ではなく、和解のためにつくった。それには、どのようにして恨みが生じたのか、歴史の原点に立ち返る必要があった」。魏の信念は揺るがない。
 映画プロデューサーとして魏を支えてきた黄志明(50)は「優しそうだが、心(しん)はとても強い。監督としてのリーダーシップ、映像づくりのセンスは抜群だ」と称賛する。

下積み時代

 台湾人意識が強い南部、台南市の郊外に生まれ、専門学校で電機を学んだ。20歳すぎの兵役時代、米国映画に夢中になった。退役後、テレビ制作を経て映画界に入り、台湾ニューシネマの旗手、楊徳昌監督(故人)の助手となった。
 日本の監督、林海象(はやしかいぞう) (55)が台湾で映画「海ほおずき」(1996年)を撮った際、運転手兼助手を務めた。「君は脚本が書けるそうだね。将来、監督になった時に困らないよう書きためておいたほうがいいよ」。林のアドバイス通り、こつこつと脚本を書いた。
 下積み時代の生活は苦しく、ビラ配りや本の配送、雑役などさまざまなアルバイトも経験した。銀行に勤める2歳下の妻の収入に頼ることも度々あった。
 「『海角七号』は、大きな賭けだった。制作費に相場の2倍以上の5千万元もつぎ込み、もし当たらなかったら一生借金返済に追われるところだった」
 幸い、映画はヒットし、有名になった魏は念願の「セデック・バレ」の制作に入った。しかし、制作費はさらに膨らみ、大ヒットした今も1千万元の借金が残る。商売は下手だが、根っからの映画好きなのだ。
 次作は31年の夏の甲子園全国中等学校野球大会で準優勝した台湾代表、嘉義農林学校のチームの活躍を描く。
 「台湾の先住民、漢民族、日本人の混成チーム。3民族が一体となって栄光をつかんだ。それを描き、日台映画の3部作としたい」。

凄惨、反日との批判も

史実と娯楽の均衡難しく

 台湾映画「セデック・バレ」について「台湾の歴史、未開と文明の衝突を生々しく描いた」と評価する声が多数を占める一方、①血なまぐさいシーンが多く、上映時間が長い②史実と異なる③反日的―との批判も出た。
 台湾人意識が強まる中、台湾史を題材にした映画は歓迎されるが、そこには史実を描く「客観性」と商業映画の「娯楽性」のバランスを保つ難しさもあった。
 昨年9月、台北の総統府前で行われた封切り上映会には、国民党の馬英九総統や民主進歩党の蔡英文主席(当時)も招待された。与野党のトップが台湾人意識と反植民地主義を確認した形だ。
 しかし、歴史学者の呉密察(56)は「ハリウッド映画並みの技術力は示したが、内容は良くない。歴史が描けておらず、セデック族の日本人憎悪の理由も分からない」と手厳しい。1895年に日本の統治が始まって35年もたって、なぜ蜂起が起きたのかも不明確という指摘だ。
 セデック族の中には当時、日本側を支持し、蜂起グループと闘った集落もあった。その子孫の間では、蜂起側だけをヒーローにすることへの不満もくすぶる。
 台湾在住の日本人の間では映画への反発の声も聞いた。しかし、セデック族の歴史研究家タクン・ワリス(59)は「歴史は歴史だ。日台友好に影響はない。歴史の誤りは許せるが、歴史を忘れてはならない」と語った。(文 森保裕、写真 矢辺拓郎、敬称略)=2012年08月08日  

 「地球村」の人びとは今、何を喜び、なにゆえに悲しみ、日々の暮らしを送っているか。「@LOVE」では世界各地のラブストーリーを紹介。このほか「@コリア」「@チャイナ」「@アメリカ」「@その他地域」と五週を一クールとするこの企画では、地域ごとに主人公やテーマを立て、「今を生きる」人間模様を描く。

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 映画「セデック・バレ」がヒットした後、霧社の抗日記念公園を訪れる人たちが急増した。中央に立つのは、抗日英雄モーナ・ルーダオの像